ぶつり。
つぐい みこと
そこは昔、火事があった場所なのだと言う。
大きな建物で、しかも商業施設。そんな場所で発生した火事はあっという間に逃げ場を塞いで、どうすることも出来なかった客が建物の上から次から次へと飛び降りていったそうだ。
逃げ場なく、炎が迫る。この状況の中で飛び降りていく人々は、さぞ後悔の念があっただろうことは想像に難くない。
それから、今でこそ落ち着いたが当初は同じ土地に何か建物が出来ては潰れ、出来ては潰れの繰り返しだった。
まるでそれは、被害者の怨念にとらわれているようであり、悲しみの証拠のようですらある。
今でこそ知る人の少なくなったこの火事の現場は、人通りの多い商店街の端にある。
道幅の広い通りには、飲食店や専門店など多種多様な店が立ち並んでいた。当然のように待機の列が出来上がる店もあり、そもそもの人通りの多さも手伝って混雑している日の方が大半だ。
私もまた、そんな混雑する中の通行人の一人だった。
その日は友人と会うために待ち合わせをしていたが、相手が遅刻すると連絡を受けていたのだ。結果としては時間を持て余すこととなり、私は商店街をただぐるぐると回って見物していた。
一番広く大きな通りから一度曲がって、少し細めの──とはいってもそれなりの道幅はある──道へと入る。
道の先は商店街の端へと続いており、件の火事が起こった現場はすぐそこだ。五分もかからない。
この先は確か──。
そんな風に私が、件の場所のことを思い出そうとした時だった。
私は耳にイヤホンをつけて音楽を聴きながら道を歩いていたのだが、あからさまに不快な音が鳴る。
ぶつん。
それは何かが切り替わったような、何かを切り離したような断絶の音だ。
最初、私は自分のイヤホンの接触不良でも起きたかと思った。だからイヤホンを耳から外したのだが、その時に違和感を覚えたのだ。
あまりにも、音がない。
ここは大通りではないといっても、人通りの多い商店街に連なる道だ。ここも大通りにこそ劣るが、往来する人々の数はそれなりになる。
なのに、いつもは聞こえる喧騒が全くと言っていいほど聞こえなかった。
──何かが、おかしい気がする。
私は周りを見回す。そして、気がついた。気がついてしまった。
人間は確かにいる、しかし音だけが失われてしまっているということに。
不安に視線を彷徨わせてみるが、音は戻らない。
代わりに黒い影が視界の端に映った。
見てはいけないような、けれど何者なのか確認したくなるような、そんなモノ。
時に人間とは愚かなものだ。
侵してはならない場所に、興味で踏み込んでしまうのだから。
そんなつもりはなかったのだとしても、知らぬ存ぜぬではもう通らない。状況がそれを許さない。
私は、今、見覚えのある場所で心当たりのない事象を経験している。
冷や汗が背中を伝っていくのがわかった。
それでも。
私は、黒い影への興味を抑えきれずに後を追う。ただし、ゆっくりと。
理由は簡単、怖かった。それでも興味が勝り、私の足は止まらない。
そして見てしまった。
影ではなく、文字通り真っ黒のものを。それの外形は人間のもので、うっすら焦げ臭さを感じた。
その時私の脳裏に浮かんだのは、この商店街の端でかつて起こったという火事のことだ。
──ああ、あれは。火事の犠牲になった人だ。
何故だかそう思った。
何かしら証拠がある訳では決してなく、直感からくる所感でしかない。
ないのだが、そうであるに違いないと思えた。
だから。
私はその場を後にした。
このままここに居続けることは、自分にって良くないことに思えてならなかったからだ。
踵を返し、一度たりとも振り返らず、私は来た道を戻って行った。
気がつけば、そこには人々が発する喧騒があり、活気があり、普段であれば鬱陶しいとすら感じるような気配が渦巻いている。
ホッと胸を撫で下ろさずには居られなかった。
私は、あの場所を去ることができたのだと、そう実感する。見た目こそ同じだったが、きっとあの場所は別のどこかだったのだろう。
命ある生き物の生きる場所では、決してなかった。
あの影の人は、知って欲しかったのかもしれない。
自分たちの存在を。
ぶつり。 つぐい みこと @tsugui_micoto
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます