第2話 アデュルトとエクレール(その2)

 アスガルスに繋がる中継都市を目指して歩いている時のことだ。前に歩いていたアデュルトが唐突に足を止めた。


 「アデュルト?」


 軽薄としたいつもの姿は無く、真剣な趣で草原を見渡していた。斥候レンジャーは感覚器官に優れており、危機察知能力が高い。

 アデュルトは暫く沈黙を貫き、ようやく口を開いた。


 「近くで咆哮が聞こえる。この咆哮と地響き……地竜アースドラゴンかもな」


 危険度6に位置する草原の捕食者。

 Cランク上級のパーティがパターンを組んでようやく勝てる相手だ。Dランク初級のエクレールと、Cランク中級のアデュルトではまず勝てない。


 「なら早く逃げないと」


 「待て、どうやらあいつは争っているらしい。戦っている相手は……魔物だな」


 魔物にも食物連鎖が当然あるが、見ようとして見られる物でも無いし珍しいちゃ珍しい。

 さっきまで逃げようと思ったが、捕食者の相手が気になるし見てみたくなった。 


 「アデュルト、せっかくだし見てみないか?」


 アデュルトは少し黙って考えている。


 「まぁギルドに報告すれば金になるな。できるだけ音は出すなよ」


 アデュルトを先頭に、草むらに隠れながら地竜へと近づく。

 やがて地竜の姿が確認出来た。距離にして50m以上の所で接近を辞め、草むらに潜って観察することにした。

 地竜と同時に、争っている相手の正体も確認すると、アデュルトは小声で驚きの声を上げた。


 「なるほど、単眼巨人サイクロプスかっ!」


 それは15m以上の体格をした単眼の巨人。

 危険度は地竜と同様に6、作りの荒い棍棒を武器にしており、毛皮を纏っている姿は原始的だが、巨体から放たれる一撃は非常に強力。

 しかしその気質は穏やかであり、家畜を飼えるほど知能が高く、モンスター認定はされているものの人間を襲わない。


 「捕食者同士の争いとは、これは良いものを見た。」


 アデュルトは早速リュックから手帳と炭筆を取り出し、メモを始めた。

 モンスターの生態調査を記録してギルドに提出すれば、それなりの報酬が貰える。

 

 「おい、お前もこの光景を目に焼き付けておけ、記録の方は俺がやっておく」


 言われなくてもそうするつもりだ。

 俺は目が良いわけじゃないが、巨躯を持つ魔物相手だとこっからでも充分分かる。

 地竜とサイクロプスは互いに睨み合っている。

 地竜の方は所々に痣が出来ており、サイクロプスのほうが優勢の様だ。だからこそ距離を取っているのだろう。地竜は唸り声を上げて威圧しており、サイクロプスは棍棒を振り上げる動作のまま様子を伺っている。

 

 「なんでサイクロプスはあのまま様子を伺ってるんだ?」


 「石礫の竜息ストーンブレスを警戒しているんだろうな。おそらくあのサイクロプスはかなり強い個体だ」


 「なんでそう思うんだ?」 


 「普通なら地竜が機動力で翻弄して、サイクロプスが困惑した所を噛み殺して終わりだからな。同じ危険度って括りだが、本来なら地竜の方が強い」


 まぁ地竜の方がまだ若い個体なだけかもな、とアデュルトは付け足した。

 一般と比べてもサイクロプスの方がデカく、巨体というだけでも自然界では大きなアドバンテージになる。サイズ差を諸共しないのが、竜が最強種と言われる所以だろう。

 しびれを切らしたサイクロプスが棍棒で殴りかかる。地竜は待ってたと言わんばかりに、高速の石礫を吐き出した。

 予想打にしないことだったのか、サイクロプスは慌てて棍棒で受けた。鉄盾も駄目にするほどの威力のはずが、棍棒は少し削れただけだった。受けきれずサイクロプスにも被弾したとはいえ、何ともないのは流石は捕食者だ。

 ブレスで怯んだ隙を突いて、地竜が足へ噛みつく。サイクロプスの表情は苦痛に歪んだが、棍棒を地竜の頭への突き立て、地竜は大きく仰け反った。さらに追撃したことで地竜は倒れ込むと、サイクロプスはそれを持ち上げた。叩きつけようとしたようだが、地竜の尻尾による鞭の様な反撃が目に直撃したことで大きく怯み、手を離す。

 地竜は落下し、サイクロプスのさらなる一撃で吹き飛ばされた。

 しかしサイクロプスは目を攻撃されたことで戦意損失したのか、地竜を吹き飛ばした後に必死な形相で逃げ去った。


 「グォォォォォォォッッッ!!」


 やがて地竜は起き上がり、勝利の咆哮をあげた。捕食者同士の闘争は、想像を絶する迫力だった。

 俺はアデュルトに目をやる。

 くすんだ黄眼を限界まで見開いている。


 「これは珍しい物を見た、しかもあのサイクロプス……異成種か?やっぱりあの地竜若い個体かもしれないな……」


 ずっと独り言を言って気味悪い。好奇心ってやつが強いのか、この時のアデュルトはいつも子供みたいにはしゃいでいる。


 「なぁ、おい。いせいしゅ、ってなんだよ」


 アデュルトがようやく我に返って、いつもの態度に戻った。


 「おっと、お前は知らないか。異成種ってのは特殊な成長を遂げた魔物のことを言ってな、ギルドもこういった情報に高い値を付けてる」


 例えばさっきのサイクロプスについて。

 普通サイクロプスの全長は10mだが、先ほどのサイクロプスは15mもあった。手に持ってる木の棍棒も、最低でも鉄以上の硬さだと推測される。この様に単純な個体差では説明の付かない個体は、『異成種』として登録される。


 「じゃぁあの地竜は?」


 「どうだか、俺から言わせるとただ若いだけの通常種だろうな」


 それでも、とアデュルトは一呼吸置いて続く。


 「若い個体が特殊なサイクロプスを追い払ったんだ。これだけでも生態調査をしている連中にとっちゃ価値の高い情報だろう」


 今回の調査は赤字だと思ったが、いい経験になった。

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閃光の勇者外伝〜題名無き冒険談〜 バジルソース @bagiru

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