閃光の勇者外伝〜題名無き冒険談〜
バジルソース
第1話 アデュルトとエクレール
久しぶりに夢を見た。
暗い洞窟で延々と彷徨う。理由は分からないが、強い絶望に支配され、子供の様に泣き喚いた。
誰か助けて、この暗闇から解放してと、ただひたすら泣き叫んだ。
やがて暗闇に光が差し込み、そこから手が差し伸べられる。少女の物で、温かく優しい手だった。
あと一歩、あと一歩で顔が見れると思ったところでいつも目が覚める。最後に覚えているのは、僅かに見えた金髪の少女のシルエットだけ。
「…またか」
目が覚めたのは夜だった。微睡みが晴れないせいで記憶が曖昧だ。なんで森の中にいるんだったけ。さぁ思い出せエクレール。
そうだ思い出した。今日は未登録のモンスターだ出たとかで、その真相調査の為にセジリト暗森林へと赴いたのだった。
結局特に収獲が無かったから、野営を挟んで翌日に帰るんだった。
パチパチと鳴る暖かな焚き火が重い瞼を照らす。そして側には、長い金髪の男が座って道具の手入れをしていた。30代未満というのにやけに老け痩せた顔付きで、黄色帯びた目もくすんで濁っている。しかしそのくたびれた見た目も、何度も修復された後のある革鎧と一緒に見れば、誰もが熟練のレンジャーだと分かるだろう。
くすんだ黄眼の男は、俺が目を覚ましたことに気付き、作業を進めながら目をやる。
「どうした若造、交代の時間には早いぞ」
死線を経験したことが分かるような野太い声が、こんなくたびれた男から出るとは誰も想像つかないだろう。
「まぁな、いつもの夢を見た」
「ほお、悪夢を見たから子守歌でも歌ってほしいのか?」
男がそうからかう。彼は数週間前からパーティーを組んでるアデュルト。10年以上冒険者をやっている彼とは違い、俺は冒険者を始めてまだ1年も満たない新米。今はご指導を受ける形でアデュルトから色々と教わっている。
こいつ、年齢が5年違うからってだけで俺を子供扱いしやがる。前だって夢の相談したらマジで子守歌を歌いやがった。しかもカエルの合唱のほうがまだましと思えるほど下手くそ、おかげでその時は逆に眠れなかった。
「悪夢ってほどでもない。だが前みたいに歌うのはまじでよせ」
「ハッ!俺から言わせれゃ、お前は赤子のようなもんだよ。で、どんな夢なんだ?」
「子供に戻って、金髪の少女に助けられる夢だった。俺は彼女を知らないはずなのに、なんだか懐かしさを覚える、失われたはずの追憶を目にしたようなそんな感覚。目覚めて心に残るのは、焦燥と虚無感」
「前々から思ったが、詩人に向いてるなお前」
「夢のこと話すたびにそれ言わないと気がすまないのか?」
「吟遊詩人も悪かねぇぞぉ?死んだ冒険者の冒険譚を後世に語り継げてくれるからな。」
「俺たち冒険者はよ、常に死と隣り合わせだ。酒街で朝まではしゃぎまくった同業が、ある日ポツンッといなくなるなんて、よくある話だ。」
アデュルトは妙に辛気な口調で話し続ける。
「そいつを知ってるのは周りの冒険者だけ。だが人間1人の命は短いもんだ。やがてその戦死した冒険者のことは、忘れ去られる。唯一無二の戦績が失われることほど、虚しいことはない」
「だから語り継ぐ人間が必要だ。そいつのことを覚えてくれる人間が1人でも増えることは、」
アデュルトはよくこの話をする。確かに自分の存在が忘れ去られるのは嫌だし、身近な同業者が居なくなるのも寂しい。
「だからって俺は詩人になるつもりはないからな」
「ハッ、可愛くねぇ後輩だこった」
焚き火に照らされたアデュルトの瞳は、一瞬哀愁の色が見えた。しかしすぐにこっちを向き、いつもの薄ら顔を見せた。
「それはそうと、明日は早いからさっさと寝ろよ?ここは
言われた通り、寝袋を被り直して横になった。
月光と焚き火の音が眠りへと誘い、やがて意識を手放した。
――――――――――――――――――――――
冒険者はギルドから依頼を受けるのが普通だ。
冒険者ギルドと言うものは、登録冒険者の管理や依頼の仲介などを行う組織のことであり、人類の守り手や未知の探求を使命としている。
そのため魔物の討伐、貴重な資源採集が冒険者の主な収入源だ。基本的にそれらは依頼を通して行う。
今回の森林探索も近隣の村人からの依頼で赴いたが、結果は知っての通り。いちおう感謝料は貰えはするが、成功金と比べたら微々たる物だろう。
「今回の探索は赤字だな」
この依頼を受けたのはアデュルトだ。
確かに報酬が良かったが、色々と未確定要素が多いから失敗の可能性が高いと俺は反対した。先輩の感を信じろ、と先輩の顔を立ててやってこのざまだ。
「そういうな若造、冒険者は未知を探求する者だ。それにこういうこともあるといい経験になっただろう?」
「そうだな、もう何度目か分からないい経験だったよ」
アデュルトは皮肉に苦笑いだ。
それにしても気が付けばもう朝か。夜明け前にたたき起こされ、今は草原を歩きアスガルスを目指している。といってもセジリト暗森林からアスガルスまで結構な距離があるから、近くの中継都市まで歩いて馬車に乗って帰るが。
(食料代と馬車代を賄うために、適当に魔物を狩りたかったはいいが……)
そう思案しながら、俺は腰にぶら下げた絹の袋に目をやる。
「やっぱり
「何度も言ってるだろ、焦ってモンスターに手を出しても無駄死にするだけだ」
アデュルトは経験豊富な冒険者だが、あまりにも慎重過ぎる。それで助かったことも何度もあるが、もう少し欲張っても良いものだと思うが。
俺は溜息をつき、晴天の空を見上げる。
今日も穏やかな日だな。
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