第5話 そこに塔はある

 あなたは塔の管理者だ。

 今日も冒険者の奮闘ぶりを眺めて楽しんでいる。

 それが唯一無二の目的だった。

 他に使命があったかもしれないが、忘却の彼方に過ぎ去っている。


 あなたは常に塔の全貌を監視している。

 どこに誰がいるかを完璧に把握していた。

 各階層に出現する魔物は基本的にランダムだが、たまに手動で設定する。

 特に意味はない。

 強いて言うならば、その方が楽しいからだった。


 低階層で新人の冒険者が死んだ。

 よくある出来事である。

 あなたの興味を引く光景ではなかった。


 時を操る魔術師が中階層を攻略している。

 彼は塔で手に入れたアイテムを改造して活用する。

 毎度ながら予想外の動きを見せるため、あなたのお気に入りの一人であった。

 惜しむらくは攻略ペースが遅いことだろうか。

 魔術師は飄々とした態度の割に用心深く、危険な賭けには決して乗らない。

 塔に敗北するその瞬間をあなたは心待ちにしている。


 隻腕の盗賊が罠だらけの部屋を突き進んでいた。

 身のこなしは軽く、悪運の強さにも助けられて宝箱に辿り着いた。

 手に入れたのは魔法金属の義手だった。

 片腕を失ったその盗賊にはちょうどいい報酬だろう。

 魔法陣で速やかに脱出したその姿を見て、あなたは微笑んだ。


 半吸血鬼の老騎士が魔物を斬り伏せて進んでいる。

 見事な太刀筋にあなたは盛り上がる。

 亜竜の首を断った老騎士は、宝箱から宝石を掴み取って脱出する。

 あなたが具体的な事情を知ることはないが、きっと大金が必要なのだろう。

 不定期に現れる老騎士は、常に誰かのために戦っているように見えた。


 あなたは高階層を彷徨う浮浪者に注目する。

 その浮浪者は死を望んでいた。

 しかし、意地悪なあなたはそれを与えようとしない。

 むしろ嬉々として居心地の良い部屋ばかりを提供している。

 それでも浮浪者の心は折れない。

 常に壮絶な死を祈りながら進んでいく。

 あなたはその執念に敬意を表しつつ、やはり誘惑に満ちた環境を提供し続けた。


 異様な速度で魔物を蹂躙する拳術家がいる。

 恵まれた才覚を存分に発揮して、超人的な力で塔を攻略していた。

 あなたは面白がって凶悪な魔物をぶつけてみる。

 拳術家は軽々と対処して先へと進んだ。

 そして気まぐれに脱出して塔を去る。

 あなたは連敗続きだったが、楽しいので問題なかった。

 手強い冒険者ほど倒し甲斐があるというものだ。


 異形の怪物が塔を進んでいる。

 元は錬金術師だったらしいが、今はその面影もない。

 怪物は魔物の死骸を取り込んで各階層を攻略する。

 遅々としたペースであるものの、常人なら即死するような環境を危なげなく突破していた。

 あなたは特に介入せず傍観に徹する。

 人間から逸脱した者がどこまで通用するか、少なからず興味が湧いていた。


 殺人鬼は今日も元気に冒険者を殺し回っている。

 一方通行である塔の構造を無視して、転移魔術で自由に移動していた。

 この横暴にはあなたも困り果てていた。

 とは言え、妨害するつもりはない。

 これも一種の才能なのだ。

 ルールを破る力があるのであれば勝手にやればいい。

 管理者として規制するのは無粋だろう。

 それにあなたは、殺人鬼を少し気に入っていた。

 塔内の刺激となっており、もっと頑張ってほしいとさえ思っている。


 低階層をうろつく銃士について、あなたは良い印象を持たない。

 高い実力を備えながらも、弱い魔物ばかり狩っているからだ。

 たまにあなたが強力な魔物をけしかけても、銃士は安定した戦い方で倒してしまう。

 本当はもっと上の階層に行ってほしいが、あなたは命令できる立場にない。

 冒険者の塔では自由意志が尊重されるのだ。

 小銭稼ぎを繰り返す銃士をどうやって高階層へ連れ込むかが、最近のあなたの課題であった。


 不死身の狂戦士は、惨たらしい戦いを見せてくれる。

 回避を放棄した立ち回りで魔物に接近し、力任せに首を絞めるのだ。

 塔内を見渡しても彼ほど無茶な戦闘をする者はいない。

 しかし、あなたは知っている。

 狂戦士の最も異常な点は、どんな傷を受けても動じない精神力だった。

 苦痛を顔に出さず絞殺を狙う姿は、たとえ自称でも賢者を名乗れるものではなかった。


 他にも様々な冒険者が塔に挑んでいる。

 いずれもあなたの心を満たす存在だ。

 悠久の時の中で、冒険者は数多くの逸話を残していく。

 そのたびにあなたは喜び、深く感謝した。


 次はどんな冒険者が現れるのか。

 あなたは静かに期待を抱く。

 塔は世界である。

 そこにすべてが集約されていた。

 管理者のあなたは、塔の循環を見守り続ける。

 きっと永遠に。

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冒険者は塔に挑む 結城からく @yuishilo

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