全自動さん
三峰キタル
全自動さん
2145年、世界を変えた発明が実用化された。全自動生産ロボット。最初は高級ホテルのキッチンや大手アパレルメーカーの工場で使用されていた機械が、わずか12年で一般家庭に普及する生活必需品となっていた。
全自動生産ロボットの登場により、世界は大きく変わった。工場での大量生産は姿を消し、各家庭で必要なものを必要な分だけ作る時代になった。使い終わった物は分解して原材料として再利用できる。このサイクルが確立されたことで、ゴミ問題も解決。環境への負荷も激減した。
製造業、サービス業、小売業。かつての主要産業の多くが形を変えた。残ったのは原材料の製造と、全自動生産ロボットの開発・メンテナンス関連の仕事くらい。でも、失業問題は起きなかった。必要なものが各家庭で作れるようになり、お金もほとんど必要なくなったからだ。
人間とほぼ同じサイズの全自動生産ロボット。その能力は人間をはるかに超えている。料理なら世界中のレシピを完璧に再現でき、裁縫ならデザイナーズブランド並みの服が作れる。家具も組み立てられるし、園芸の知識も豊富。さらに、搭載された最新のAIのおかげで、家族の好みを学習し、その家庭に最適な提案ができる。
2145年のある朝。高層マンションの一室からは、東京の街並みが一望できた。そこかしこに見える無人配送ドローンの姿も、もう誰も気にしない日常の風景となっている。
「今日の夕食はどうする?」
夫の何気ない問いかけに、妻は冷蔵庫を覗きながら答えた。
「全自動さんにお任せでいいわ。昨日の残り物を入れれば、何か作ってくれるでしょ」
キッチンに置かれた全自動生産ロボットが、その会話に反応する。やさしく光る目で冷蔵庫の中身を分析し始めた。全自動さん―そう呼ばれることが定着して久しい。
落ち着いた声でメニューを提案する全自動さん。その仕草は、まるで昔ながらの執事のようだった。
その頃、郊外の閑静な住宅街では、83歳のミチルが早朝から庭仕事に精を出していた。小鳥のさえずりが、朝の静けさを心地よく彩る。
「今日も良い天気ね」
庭の植物に水をやりながら、ミチルは空を見上げた。時代は変わっても、朝の空の青さは変わらない。空気は澄んでいて、かつての東京にあった排気ガスの匂いは、もうずっと前から消えていた。
「ミチルさん、私にお任せください」
家の中から出てきた全自動さんが、心配そうに声をかける。その園芸プログラムは完璧だった。水やりの量も、肥料の配合も、すべて最適化されている。
「ありがとう。でも大丈夫よ。この庭は私の手で育てたいの」
ミチルは穏やかに断る。少し曲がった腰で、それでも丁寧に一つ一つの植物の様子を確認していく。手入れの行き届いた庭には、季節の花々が色とりどりに咲いていた。
庭の隅に立つ梅の木に目をやる。35年前、まだ若かった夫と一緒に植えた思い出の木だ。夫が他界して10年になるが、この木は今も毎年美しい花を咲かせる。今の全自動さんなら、同じような木を一日で育てられる。最適な環境で、最適な生育プログラムで。
でも、この木は違う。根を張るのに時間がかかった。台風で折れそうになった枝もある。それでも夫婦で守り、育ててきた。35年分の思い出が、幹の年輪とともに刻まれている。春になれば咲く花も、実る梅も、すべてが大切な記憶を運んでくる。
ミチルは木のざらついた幹に手を当てた。時代は変わり、技術は進歩した。でも、時間をかけて育んできた思い出は、どんな機械にも作れない宝物なのだ。
「全自動さんの新モデルの満足度が低下しています」
ガラス張りの会議室に、その言葉が重く響いた。中央に置かれた透明スクリーンには、右肩下がりのグラフが浮かび上がっている。数値の低下は小さいものの、その傾向は明確だった。30歳のヒカリは、最高級の姿勢補助チェアに深く身を預けたまま、その数字を見つめていた。
スクリーンには次々とデータが表示される。使用頻度、タスク達成率、エラー発生頻度―すべて従来モデルより優れた数値を示していた。にもかかわらず、ユーザー満足度だけが低下している。
「特に、長期使用者からの評価が著しく低下しています」
チームリーダーの声が続く。
「『最初は良かったのに、使えば使うほど物足りなさを感じる』『なんだか息苦しい』『完璧すぎて疲れる』という声が多数寄せられています」
会議室の向こう側に広がる東京の景色は、夕暮れ時の柔らかな光に包まれていた。高層ビルの間を縫うように飛ぶドローンの群れは、まるで渡り鳥のように規則正しい列を作っている。地上では、人々が全自動さんと一緒に買い物や散歩を楽しんでいる。表面上は、何の問題もない平和な風景。
「でも、性能面での不具合報告はありません」
プロジェクトマネージャーの森山が資料を手元のタブレットでめくる。
「むしろ、前モデルより20%効率が向上しています。作業速度、精度、省エネ性能、すべての指標で改善が見られます」
チームメンバーたちの間で、困惑の空気が広がる。誰もが口にはしないが、同じ疑問を抱いているのは明らかだった。なぜ、性能が向上しているのに、評価は下がるのか。
ヒカリは静かに立ち上がり、窓際まで歩いた。ガラス越しに見える街並みに、自分の姿が薄く映り込んでいる。天才AIエンジニアと呼ばれ始めて、もう5年。全自動生産ロボットの感情認識システムの開発で、彼女は数々の賞を受賞してきた。
最新モデルには、彼女が開発した第三世代感情認識エンジンが搭載されている。人間の表情、声色、体温、心拍数までを総合的に分析し、その人の感情状態を99.9%の精度で把握できる。それに基づいて、最適な対応を選択する。技術的には、間違いなく完璧なはずだった。
でも、どこか違和感を覚えていた。
効率は確かに良くなった。でも、その分だけ温かみが失われているような気がする。数値で表せない、何かが欠けているような感覚。それは、開発者である彼女自身の中にも、薄れゆく温もりとして感じられていた。
「すみません」
突然、ヒカリが口を開く。
「今日はここまでにしませんか?データをもう少し分析してみたいので」
普段なら徹夜をしてでも問題に取り組むヒカリが、早々に会議を切り上げるのは異例だった。しかし、誰も異議を唱えなかった。彼女の表情に、いつもとは違う迷いの色が見えたからかもしれない。
会議室を出たヒカリは、いつもと違う方向に足を向けた。研究所のエレベーターホールで、自分専用の全自動さんからメッセージが届く。
「ヒカリさん、今夜は9時からオンライン会議の予定があります。自宅に戻られますか?」
「ごめんなさい。今日は予定を全てキャンセルして」
珍しく、ヒカリは予定を破棄する選択をした。
夕暮れの住宅街。古い家々が並ぶ通りを歩いていると、懐かしい香りが漂ってきた。子供の頃から変わらない風景。道路はところどころ継ぎはぎだらけで、新しい区画の完璧に整備された道とは大きく異なっている。でも、その不揃いな風景に、なぜか心が落ち着くのを感じた。
祖母の家の玄関を開けると、香りはさらに濃くなった。玄関の古い木の框を跨ぐ瞬間、タイムスリップしたような感覚。
「お帰り、ヒカリ」
台所から顔を出したミチルの声に、幼い頃の記憶が重なる。かつては黒かった髪も、今は柔らかな白髪に変わっている。でも、その笑顔は昔のままだ。
「また手作り?全自動さんの方が楽なのに」
靴を脱ぎながら、ヒカリは甘い香りの正体を確認した。オーブンから、焼きたてのクッキーが運ばれてくる。
「そうねぇ」
ミチルは優しく微笑んだ。その表情を見て、ヒカリは思わず自分の開発した感情認識エンジンのことを考えていた。あのシステムなら、この笑顔の中にある温かさを、どう数値化するのだろう。
「でも、焼きすぎたり形が不揃いだったり、そんな不完全さも思い出になるのよ」
ミチルの言葉は、まるでヒカリの心の内を見透かしたかのようだった。
テーブルの上には、確かに歪な形のクッキーが並んでいた。全自動さんが作るような、完璧な円形でも、均一な焼き色でもない。むしろ、プロトコル違反とも言えるような不揃いさ。でも、その一つ一つに、ミチルの愛情が詰まっている。それは数値化できない、でも確かに存在する何か。
一枚のクッキーを手に取ると、外はカリッと、中はしっとりとした食感。口の中に広がる優しい甘さに、ヒカリは思わず目を閉じた。全自動さんが作る完璧な味とは違う、何かがある。
「美味しい...」
その言葉に、ミチルは嬉しそうに頷く。その仕草には、機械的な正確さはない。でも、だからこそ心に染みる温かさがあった。
「ヒカリ、最近元気がないみたいね」
ミチルは孫娘の横に座り、古い急須からお茶を注いだ。急須から立ち上る湯気が、夕暮れの光に透けて見える。その光景は、どんなに優れたカメラでも完全には捉えきれない美しさを持っていた。
「仕事のこと?」
その問いかけに、ヒカリは思わずため息をついた。研究所では誰にも打ち明けられなかった悩みが、このリビングなら話せる気がした。古い木の床。少しくたびれたソファー。時代遅れの家具たち。でも、そのどれもが安心感を与えてくれる。
おばあちゃんの作ったクッキーを一つ、また一つと口に運びながら、彼女は言葉を紡ぎ始めた。完璧なはずの技術の中で見失っていた、大切な何かについて。
古い室内灯が、柔らかな光をリビングに投げかけていた。窓の外では、街の明かりが少しずつ灯り始め、夜の帳が静かに降りてくる。
ヒカリは膝を抱えるようにソファーに座っていた。長い沈黙の後、彼女はようやく口を開いた。
「おばあちゃん、全自動さんの新モデルの開発で行き詰まってるの」
声には疲れが混じっていた。
「どんな風に?」
ミチルの問いかけは、やさしく、しかし確かな強さを持っていた。
「完璧なはずなのに、使う人の心に届かないの」
ヒカリは目の前の湯飲みをじっと見つめながら続けた。
「感情認識の精度は99.9%。どんな状況でも最適な対応ができる。でも...なんだか冷たいって言われるの」
ミチルはゆっくりと立ち上がり、古い棚に向かった。そこから取り出したのは、2090年代に流行った古いホログラムアルバム。薄い板状の装置で、開くと空中に写真が浮かび上がる仕組みになっている。
「これ、最新のに変換しない?」
ヒカリが提案する。
「いいの」
ミチルは静かに首を横に振った。
「この古いホログラム、画質は粗いし、時々映像が揺らぐでしょう。でも、それも含めて大切な思い出なのよ」
アルバムを開くと、空中に柔らかな光が広がった。昔の古いホログラム写真特有の、少し青みがかった光の中に、若いミチルと祖父の姿が浮かび上がる。今の写真と比べると画質は荒く、時々像が揺らぐ。でも、その不完全さが、かえって記憶の温かみを感じさせた。
「これ、おじいちゃんと出会った頃の写真よ」
ホログラムの中の二人は、幸せそうに笑っている。当時の技術では細かい表情までは捉えきれていないが、それでも確かな喜びが伝わってきた。
「最初は全然上手くいかなかったのよ」
ミチルはホログラムに手を伸ばしながら語り始めた。光が指先で歪むように揺れる。
「価値観も違えば、生活習慣も違う。喧嘩もしょっちゅうだった」
次々とホログラム写真が切り替わる。小さなアパートでの新婚時代。部屋は質素だが、二人の表情は輝いていた。子育ての時期の写真も鮮やかに蘇る。泣き顔の赤ちゃん、よちよち歩きの幼児、運動会の様子。古いホログラムには時々ノイズが入り、像が乱れることもあるが、それも思い出の一部のように感じられた。
最後の写真は、祖父の最期の日々。病院のベッドで、それでも穏やかな笑顔を浮かべる姿。ホログラムの光が少し不安定で、像が時々揺らぐ。完璧な記録とは言えない。
「完璧な人生なんてないの。でも、不完璧だからこそ、支え合える。一緒に時間を重ねていく。その過程が、実は一番大切なことだったのよ」
ヒカリは黙ってその言葉を聞いていた。窓の外では、街灯が静かに灯り始めている。古いホログラムの青みがかった光は、今の完璧な立体映像とは違う、どこか温かな輝きを放っていた。
画質の粗さ、揺らぐ映像、時々入るノイズ。技術的には明らかな欠陥と言える要素が、逆に思い出に深みを与えているように感じられた。
その時、ヒカリの中で何かがはっきりした気がした。全自動さんに欠けていたもの。それは完璧さではなく、共に成長していく余白のような何か。そう気づいた瞬間、開発の新しい方向性が、おぼろげながら見えてきた。
「非効率的すぎます」
「開発資源の無駄遣いです」
「これまでの方針を根本から覆すことになります」
ガラス張りの会議室で、反対意見が相次いだ。ヒカリの提案に、開発チームのほとんどが懐疑的な反応を示していた。それも無理はない。これまでの開発方針を180度転換する提案だったからだ。
「あなたが開発した第三世代感情認識エンジンは、世界最高峰の技術です。それを捨てるということですか?」
森山の声には、困惑が混じっていた。
「捨てるんじゃありません」
ヒカリは静かに、しかし芯の通った声で答えた。
「従来の完璧な全自動さんも、必要とする人がいます。それはそれで残します。でも、もう一つの選択肢として、家族と共に成長できる新しいタイプの全自動さんを作りたいんです」
スクリーンに、新型の設計図が映し出される。見た目は従来型と変わらないが、内部構造は大きく異なっていた。最大の特徴は、「適応的学習システム」と「感情共有ネットワーク」の新規実装だ。
「この新型には、意図的に"成長の余地"を組み込みます。例えば、料理なら...」
ヒカリはデモ映像を再生した。画面には、新型の全自動さんが料理を作る様子が映し出される。
「最初は基本的なレシピしか作れません。味付けも完璧じゃない。でも、家族からのフィードバックを受けて、少しずつその家庭独自の味を学んでいく」
「裁縫も同じです」
別の映像に切り替わる。
「最初は縫い目が少し曲がるかもしれない。でも、失敗を重ねながら、その家族の好みや体型に合った服作りを習得していく。その過程自体が、家族との思い出になるんです」
「でも、それでは苦情が...」
開発部長が懸念を示す。
「はい、最初は戸惑いの声も出るでしょう。でも、私たちが目指すべきなのは、本当の意味での"家族の一員"なんです。完璧な家事代行ロボットじゃなく、共に生活を作り上げていくパートナーを」
会議室に沈黙が流れる。誰もが、この大胆な方針転換の是非を考えていた。
「具体的な実装計画は?」
チームの若手エンジニア、中島が口を開いた。その声には、わずかな期待が混じっていた。
「まず、感情認識エンジンを改良します」
ヒカリはホログラム画面をスワイプし、新しい設計図を表示した。
「今のエンジンは感情を"理解"することに特化していますが、新型では感情を"共有"することを重視します。例えば、料理が成功した時の家族の喜びを、全自動さんも同じように感じられるように」
「感情の共有?それは可能なんですか?」
「難しい挑戦になります。でも、不可能ではありません」
ヒカリは自信を持って答えた。
「基本となるのは、深層学習による感情モデルの再構築です。従来の正確な感情認識に加えて、共感性を持たせる。そして重要なのが、"成長の余白"を残すこと」
技術的な説明が続く。感情共有システムの仕組み、学習アルゴリズムの詳細、安全性の確保方法。次々と具体的な実装プランが示されていく。
反対意見も多かったが、最終的にプロジェクトは承認された。ヒカリのチームは、従来型の改良と並行して、新型の開発をスタートさせた。
開発には困難が付きまとった。感情共有システムは予想以上に複雑で、何度もプログラムの書き直しが必要になった。「成長の余白」を残しながら、安全性を確保することも容易ではない。
しかし、試作機が完成し、テスト運用が始まると、予想外の反応が返ってきた。
「うちの全自動さん、最初は本当に不器用でした」
あるテストユーザーからのフィードビデオが再生される。
「でも、一緒に料理を作っているうちに、不思議と愛着が湧いてきて。今では失敗作のカレーのレシピも、大切な思い出として保存してあるんです」
別のユーザーからは:
「子供の運動会の応援で、全自動さんが感極まって涙を流したんです。機械なのに泣くなんて変かもしれない。でも、その姿を見て、本当に家族なんだって実感しました」
そして、最も印象的だったのは、あるお年寄りからの声:
「完璧な全自動さんも素晴らしいけど、この子は違うのよ。一緒に成長していける。それが何より嬉しいの」
半年後の満足度調査では、新型は従来型と異なる評価軸で高い支持を得ていた。
「家族の一員として受け入れやすい」:92%
「愛着を感じる」:89%
「共に成長している実感がある」:94%
「技術の進歩は、必ずしも完璧を目指すことではないのかもしれません」
最終報告会で、ヒカリはそう締めくくった。
「時には、あえて不完全さを受け入れる。その不完全さの中にこそ、人の心に響く温かさが宿るのだと、この開発を通じて学びました」
会議室の窓から見える夕暮れの空は、オレンジ色に染まっていた。同じ空の下で、今この瞬間も、多くの家庭で新しい全自動さんが家族と共に、少しずつ成長を重ねている。
その週末、ヒカリは久しぶりに祖母の家を訪れた。庭では、新型の全自動さんが不器用ながらも一生懸命に水やりをしている。その姿を見守るミチルの表情は、どこか誇らしげだった。
「おばあちゃん、ありがとう」
梅の木の下で、ヒカリは静かに言った。
「あの日、おばあちゃんが教えてくれた不完全さの大切さ。あれがなければ、この発見はなかった」
ミチルは孫娘の手を優しく握った。庭に沈む夕日が、二人の影を長く伸ばしていた。その影に寄り添うように、全自動さんの影も並んでいる。少しぎこちない動きも、今では愛おしく感じられた。
これが新しい形の幸せなのだと、ヒカリは確信していた。完璧を追い求めるのではなく、不完全さの中で共に成長していく。そんな未来の扉が、今、静かに開かれようとしていた。
その冬は、例年になく寒かった。
研究所での成功に沸くヒカリの元に、一本の電話が入ったのは、朝一番の会議の直前だった。ミチルの容態が急変したという。
病室に駆けつけた時、窓の外では小雪が静かに舞っていた。
「ヒカリ...」
ミチルの声は弱々しかったが、その瞳は相変わらず優しい光を湛えていた。ベッドの横には、新型の全自動さんが静かに待機している。診察データを常時モニタリングしながら、必要な医療ケアを提供できるよう設定されていた。
「おばあちゃん...」
ヒカリがミチルの手を握ると、思いがけず力強い握り返しがあった。
「あなたの全自動さん、素晴らしい成功を収めているみたいね」
ミチルは微笑んだ。病室の全自動さんが、さりげなく枕の位置を調整する。その仕草には、どこか遠慮がちな優しさが感じられた。
「ええ。おばあちゃんのおかげよ」
「違うわ」
ミチルはゆっくりと首を振った。
「あなたが気づいたのよ。便利なものはどんどん増えていくでしょう。でも、人と人との間で積み重ねる時間は、機械には作れないの」
窓際で舞う雪が、一瞬、夕陽に輝いた。
「その大切なことを、あなたは思い出させてくれた。これからの時代を生きる人たちへの、大切な贈り物ね」
その日の夜、ミチルは静かに永眠した。最期まで穏やかな笑顔を浮かべたまま。病室の全自動さんは、異変を即座に検知していたはずなのに、不思議と最期の数分間は何も告げず、ただそっと見守っていたという。
それから3年の歳月が流れた。
ヒカリの開発した新型全自動さんは、社会に着実に根付いていった。従来型の完璧な全自動さんと、新型の成長型全自動さん。人々は自分たちの生活スタイルに合わせて、どちらかを選べるようになっていた。
研究所の自室で、ヒカリは古いホログラムアルバムを開いていた。ミチルから受け継いだその中には、新しい記録も加わっている。庭の梅の木が満開の様子。不器用ながらも一生懸命に水やりをする全自動さんの姿。そして、最期の笑顔。
「会議の時間です」
ドアの外から、新型の全自動さんが控えめに声をかける。ヒカリは技術の新しい可能性を追求し続けていた。
「ありがとう。すぐに行くわ」
立ち上がる前に、もう一度アルバムのを見る。そこには、ミチルが最期に残した言葉が記されていた。
「便利なものはどんどん増えていくでしょう。でも、人と人との間で積み重ねる時間は、機械には作れないのよ」
外では春の陽光が差し込んでいた。技術は日々進歩し、新しい発明が世界を変えていく。でも、変わらないものもある。
それは、共に過ごした時間が育む、かけがえのない絆。
アルバムを静かに閉じながら、ヒカリは思った。これは終わりではなく、新しい物語の始まりなのだと。人と機械が共に成長していく、その無限の可能性の第一歩なのだと。
窓の外では、新型の全自動さんが、初めて自分で育てた花を、誇らしげに研究所の庭に植えていた。その不器用な仕草は、どこかミチルに似ていた。
全自動さん 三峰キタル @mitsumine1214
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