たった一行の命令

大柳未来

本編

「おっ、戻ってきた戻ってきた……!」

 僕はコーラ片手に映像を見ながらほくそ笑んだ。


 僕は自室でゆったりとソファにくつろぎながら過ごしている。

 対して映像中に移っている数人の老若男女は皆疲れた顔だ。

 無理もない。今彼らは命がけの鬼ごっこを行い無事生還した直後なのだから。


 今、僕は自作のデスゲームを開催中だ。

 最低限の人手で組まれた催しだが、現状完璧にうまく行っている。何も問題ない。

 オートメーション化されたデスゲームは、ただ無機質に予定を実行していく。僕はその様子をただ眺めればいい。簡単な話だった。


 僕の家は代々こういった富裕層向けに、非合法リアリティショーの配信を家業にしている。僕は一人前と認められるために最終試験――自分一人で企画し、完遂させるミッションをこなしている最中だった。


 多数のスタッフを雇い参加者の管理をすることも考えたが、それではつまらない。

 僕はロボットを設計、作成しプログラムも自作することでデスゲームを進行することにした。

 最低限の人手は参加者をさらってくるところのみ。これに成功すればかかる予算をぐっと抑えながらも今まで通りデスゲームを運営することができる。己の有能さを両親に証明でき、一石二鳥だった。


 参加者全員が大広間で各々休息を取っている。あるものは体を床に投げ出し大の字になっている。水を飲んで椅子に座ってる者。コミュニケーションを取りに積極的に話しかけにいく者。思い思いに過ごしているようだ。


 僕が設置したパソコンを初日から観察していた男は、変化に気づいて早速パソコンを見ている。

 眼鏡を直しながら目を細め、天然パーマの髪を右手でかきむしっている。いかにも機械に強そうな見た目の男だった。


 機械音声のアナウンスが大広間に響いた。

「皆さん、ご苦労様でした。これより報酬を要求する権利が与えられます。それはたった一行、設置されたパソコンに命令を記入、送信することができるというものです。この命令は必ず実行されます。誰かを殺すことも、脱出することも可能です。ただし、命令実行にはいくつかの制約があります。詳しくはパソコン上の注意文をお読みください。以上です」


 アナウンスが終了した。参加者の注目が眼鏡の男に集まる。男は腕を組み、淡々と画面の注意事項を読み上げていった。

「命令は送信直後に実行されるわけではなく、時間がかかることをご了承ください。また、命令には以下の制約があり、制約を破った命令は無効になるので注意すること。『デスゲームを中止・続行不可にする命令』『二人以上の人数を脱出させる命令』『二人以上殺害する命令』『設備を破壊する命令』『武器支給の命令』『一行中に二つ以上の命令が含まれる命令』――だそうだ」


 読み上げ終わると同時に、大の字に寝ていたデブの男が飛び上がって叫んだ。

「食料が足りねぇ! 飯を追加で頼まねぇか!」

「ふざけた命令を下したら次のゲームで優先的に命を狙われかねんぞ。いいのか?」

 椅子に座っていた初老の男がデブを嗜める。いいね。こうやってジレンマに気づいてくれると駆け引きが生じる。


「ねぇ! 何とかこのデスゲームを終了させる命令出せないかな! 皆で考えればきっといい案が出せるよ!」

 若い女性が参加者全員に呼びかけた。たまに参加者に紛れ込んでしまうお人好しだ。利己的な人物の方がデスゲームは盛りあがる傾向にある。早く死んでくれればいいのに、と僕は願い続けているが彼女は運よく生き残り続けている。


「なんだなんだ……アプリじゃなくてブラウザか。えーっと……JSで動いてるのか? これ……」

 眼鏡の男はブツブツ呟きながらマウスを操作している。会話の輪の中には混ざらないようだ。


「おい君。命令を打ち込んではいないだろうね」

 初老の男が眼鏡男に話しかける。

「打ってないです。そんなことしたらリンチされちゃうでしょ。キーボードには絶対に触らないので、俺のことはほっといてどうぞ続けてください」


 眼鏡男の言葉を受け、初老の男が眼鏡男の背後に立った。

「一応、監視しておくよ」


「ありがとうございます」

 若い女性がお礼を言った。

「私、アイデアあります。改行しないで文章で全員を一人ずつ脱出させる命令を送信できないのかな」


「それは無理だ」

 眼鏡男が食い気味で反応した。

「『一行中に二つ以上の命令が含まれる命令』に引っかかると思われる。ズルはできないという運営からのお達しだろう」


「じゃあ、今後のデスゲームで人を殺すのを禁止するのは? これならどの制約に引っかからないで死人も出さずにゲームを続けられるよ。永遠にゲームができるわけじゃないから今いる全員で脱出できる」


「それも無理だ」

 またもや眼鏡男が食い気味で反応した。


「きっと『デスゲームを中止・続行不可にする命令』に引っかかる。途中、誰か一人が捕まらないと次のエリアが解放されず、かなり狭い区画に閉じ込められたの、覚えてるか。あれ、鬼に捕まった時はまだドアは開いてなかった。殺された時に開いたんだ。目視で確認してるからこの仕様は間違いない」


 眼鏡男は食い入るように画面を見ながら話し続けている。何かをスクロールしている。何を見てるんだ……?

「俺たちが無理やり着けられた腕輪。これが多分心拍数とかその辺のバイタルを監視してると推測してる。前回の鬼ごっこと同様に誰かが死なないと進行しないゲームが今後待ち受けている場合、人を殺すのを禁止する命令は制約に引っかかると思われる」


「あれも無理、これも無理って……否定するだけ否定して、何か代案だしてくださいよ! せっかくの命令できる権利なのに……!」


 若い女性が涙ぐみながらも訴える

 いいぞ。こういう人間ドラマも一部の視聴者に刺さる。この後の流れは大体相場が決まっている。

 この女性は心が折れ、自室に走り去る。そして残った人間だけで腹の探り合いが再開するのだ。


 彼女の言葉に誰も反応を返さない。ほら、みるみる涙が目に溜まっていくぞ。もうすぐ泣きだして出ていく。ほら、もうすぐ――。


 今にも泣きだしそうな彼女に目を向けすぎて気づかなかった。眼鏡男は歯をむき出しにしていかにも企んでいるような悪い笑顔を浮かべながら顔をあげた。

「あるぜ。代案」


「えっ」

「あるって言ってんだよ。ただ、俺にしかできないけどな」

「きっ、聞かせて下さい」


「SQLインジェクションさ」

「エスキュー――何ですか?」

「SQLインジェクション。データベースを書き換えるSQL文を命令の中に紛れ込ますことで不正にデータを取得したり、書き換えたりできるハッカーの攻撃手法の一つ。これを利用する」


「待ちたまえ」

 初老の男が突如遮った。

「データベースを書き換えるといっても、何をどう書き換えるかなんて分からんだろう」


「いや、それも調べがついた。開発者はソースコードを読める状態かつ、難読化の処理を行ってなかったんだ。それで命令を送信したかどうかを管理するフラグの名前も分かった。命令をひとつ実行後に命令管理のフラグを折ることで、命令を送信していない状態に戻ることができる。つまり、命令は何度でも送信し放題というわけだ」


 眼鏡男は突然虚空に向かって話し始めた。

「どうせ見てるんだろ運営さんよ。いくつか忠告しといてやる。まず、JS――JavascriptでのWebアプリ構築は止めな。ソースコードを自由に閲覧できちまう。どんな風に動くか知られたくないアプリを作りたいならデスクトップアプリの形式で作ることを勧める。あと、SQLインジェクション対策ぐらい入れとけよー」


 言い終わるや否や眼鏡男はタイピングを始めた。書き出しは脱出の命令だ。これから一人ずつ脱出の命令を送信するつもりだ――!


 僕は慌てて父さんに電話した。

「父さん! ヤバい! このままじゃ全員脱出しちゃう! スタッフを貸してください!」

「――ダメだ。参加者に鼻を明かされるのも運営の役割の一つ。しょっちゅうあったら興ざめだが数年に一度なら、むしろ投げ銭をもらえるんだ。でかしたぞ息子よ。だが――一人前とは到底呼べんな。あとで説教だ。覚悟しておけよ」


 僕は初めて膝から崩れ落ちる感覚を味わった。

 この配信は第一ゲームのみで参加者全員が脱出し、今年度最高売り上げを獲得した。


 了






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