デスゲームは終わっていた。
はじめアキラ
デスゲームは終わっていた。
告白、と言った時人は何を思い浮かべるだろうか。
好きな人に、付き合ってください!と想いを伝える告白。
もしくは、何か重大な罪の告白。
あまり本を読まない私が思いつくのは、大体その二つくらいなもの。だから。
「明日は、緊急で全体朝礼があります」
朝倉先生がそんなことを言い出した時、私も含めたクラスのみんなが首を傾げたのだった。
「校長先生から、大事なお話があります。皆さんに、告白したいことがあるのだそうです。明日は絶対に遅刻しないで学校に来てください。明日だけは、ちょっと具合が悪くても朝は学校に来てくださいね。よろしくお願いいたします」
――え、え?何もそこまで?
具合が悪くても、朝だけでもいいから来いってどういうこと?とみんながざわついていた。いつも穏やかで優しい朝倉先生らしくもない。ナチュラルメイクが美しい、まだ年若い彼女は。この日は妙に、顔色が悪く見えたのだった。
そこまでして、生徒全員に聞かせなければいけない“告白”とは、一体何だろう?
誰もがその内容を予想できずにいたのだった。
***
何の為にあるのかわからない校則が、今年になってからやたらめったらと増えたのだ。
「髪の毛を茶髪に染めるな、はまだわかるんだよ」
休み時間の教室にて。私は親友のミナちゃんにぼやいたのだった。
「それまで頭髪に関してゆるっゆるだったうちの学校が、何で急に茶髪全面禁止にしたの?っていうのは不思議ではあるけどもさ。まー、今までが緩すぎたからどっかから指導が入ったのかもしれんし。茶髪金髪にしてた奴らからはぶーぶー文句出ただろうけど、私らには関係ないしね」
「髪の毛染めるの面倒くさいもんねー。あたしのお姉ちゃんも染めてたけど、すぐプリンになっちゃってて手間かかってたからあたしはいいやってなってた」
「身近でやらかした人がいると、自分は染めたくなくなるよね」
あはは、とミナちゃんと二人で笑い合う。
ちなみに私の身近で髪の毛を染めようとして大失敗したのは母である。彼女はロックバンドの影響で金髪にしようと突然思い立ち、買ってくる色を間違えるという超初歩的なミスをやらかした。一体何をどう間違えたら、緑色の染色料を買ってきてしまうなんてことになるのか。むしろよくそんな色がスーパーに売ってたなと思ったほどである。
まあ、そんなわけだから、私もミナちゃんも髪の毛の色は地毛のまま。頭髪検査が厳しくなったと言われても、だから何?くらいなものだったのだが。
問題は、そんなごく一般的な校則ばかりではなかったことである。
やれ、スカートを切った人間は買い直せとか(うちの学校のスカートは裾に校章が入っているからそうそう切れないのだが、それでも切っている人がいないわけではなかったのである)。
学校に漫画を持ってくるなだとか。
そういう、ちょっと厳しいけどありがちっぽい校則に混じって、まるでおまじないとしか思えないような妙なものが増え始めたのだ。
例えば、教室の窓。
何で「窓を開ける時は、必ずおじぎをして、両手を合わせてから開いてください」なんて意味不明な校則ができたのか。
はっきり言って何のためにあるの?という話である。まるで窓の外に見えない神様でも浮かんでいるようではないか。
この学校は、ごくごく一般的な私立高校でしかない。何かの宗教の授業があるような、そういう学校ではないはずだ。急に校長先生や理事長先生が危ない宗教に走って、学校全体にそれを強制し始めた――なんて可能性も無いわけではないが。
「何で窓を開ける時におじぎしないといけないんだろうね。これ本当イミフ」
もうすぐ二年生も終わる、三月頭。
暖かい日が増えてきたこともあり、窓を開けて換気をすることも少なくない。こうしてミナちゃんと話をしている間も、男子生徒の一人が窓へと近づいた。そのまま開けようとして――校則を思い出してか、めんどくさそうにお辞儀をして手を合わせている。彼は真面目だな、と私は純粋に感心した。はっきり言ってこの校則、先生に守るように言われたものの守らなかったからといって罰則も何もない。誰も見ていないし、守っていない奴はたくさんいるというのが現状だ。
「あとは、“トイレでは絶対ピンクのスリッパを使う”とか……“西階段の四階に行く時は左足から登れ”、とかそのへん?マジで何のためにあるんだろう、この校則」
「それね。……で、今日の朝の朝倉先生の話よ」
ビシ!とミナちゃんが人差し指を一本立てて言った。
「校長先生が明日する“告白”と、今年になってから激増した数多の校則。これが関係してるんじゃないかってみんな噂してるのよ」
「あー、なるほど」
確かに、朝からみんなの話題はその件で持ちきりである。
校長先生の話、にここまで皆が興味を持ったのは初めてではなかろうか。
しかも、その内容を既に他の先生達は知っていて、みんな生徒にちゃんと聞いて欲しいと思っている様子なのである。これがまた不思議で仕方ない。うちの校長先生の話は、“校長先生らしく”非常に長いと来ている。朝倉先生だって、いつも真面目に聴いているかは怪しい。あくびをかみ殺している現場など何度も見ているから尚更に。
「校長先生の告白ねえ。学校の先生の誰かと結婚するとかじゃなくてー?」
私が冗談めかして言うと、だったら全体朝礼で言うことじゃないじゃん、と至極真っ当なツッコミをしてくるミナちゃん。
「告白って言う言い方したせいでなんかこう誤解があるんでしょうけど。あたしはやっぱ、この学校全体に関わることだと思うのよね。だから、校長先生からお話をしますーとか言ってるけど、理事長先生も一緒に壇上に上がるんじゃないかなとか思ってる」
「学校全体に関わる深刻な話か。この学校が閉鎖されちゃいます、とか?経営状態が悪化してやべーことになってるから」
「あたしも、それが一番あるんじゃないかなとは思ってるんだけど。……でもさ、ヒカリちゃん。この学校ってそんなに経営がうまくいってないように見える?都心から結構近いとこにあるし、生徒の数も少なくないでしょ?」
「あーうん……それもそうか」
言われてみればその通りだ。学校の経営が急に悪化した、ようには正直見えない。去年の受験生もほどほどに多かったそうだし、大学の合格率も――まあ、有名大学に合格できる生徒は殆どいないが、さほど高くないの偏差値の学校としては上々な進学率だとは聞いている。
増えた校則が関係している、という予想が正しかったとして。それが、学校経営にどうかかわってくるのかもさっぱりわからない。
「去年の四月から増え始めたんだよね、校則。去年くらい、何かあったっけ?もしくは最近何か起きたっけ、学校で」
窓の向こうで、やや濃いピンクの花びらがひらひらと風に舞い散っていくのが見える。うちの学校には、一本だけカワヅザクラの木があるので、三月になった今にはもう満開になっているのだった。今日は暖かくて気持ちが良い。桜もご機嫌に見える。四月中旬レベルの気温だというのは本当らしい。
果たして午後の授業、まともに起きていられるかどうか。あまり勤勉な生徒ではない私にとって、授業の半分は睡眠時間も同然なのである。
「去年の四月っていうかもうちょっと前には……なんだっけ、ナントカっていう政党が政権交代して大騒ぎになったわねー」
あくびをしながら言うミナちゃん。
「政党の名前忘れちゃったけど。あとは、アイドルのジュンジュンが結婚して、日本中の女子がお通夜になった。一般女性相手だったもんだから、あたしにもチャンスがあったのに!と勘違いした女性ファンが多数に登り、ツイッターのトレンドに『ジュンジュン結婚しないで』が入るという闇っぷり。男アイドルが結婚したら裏切り扱いするとかマジで怖くない?」
「……気のせいかな、ミナちゃん。政権の話より随分詳しく知っていらっしゃるようで?」
「だって政治よりそっちの方が興味あるもーん」
「ハイハイ」
まあ、自分も似たようなものだから人のことは言えないが。苦笑するしかない私である。
「四月変わったことと言えば……そうだ、学校中に防犯カメラがついたことかなー」
思い出すように斜め上を見ながら語るミナちゃん。
「校則に関して五月蠅く言う先生も増えたし……防犯カメラ?っぽいので生徒が校則を守っているかどうか厳しくチェックしてるっぽいこと朝倉先生も言ってたしね。すごく不思議には思ってた。だって校則が増えただけじゃなくて、“前から存在したけど今まで誰も知らなかったような校則”まで守るように口うるさく言うようになったじゃない?」
「あーね」
「で、明日……一年の終わりに校長先生の緊急朝礼があるって話でしょ。あたしの予想はこうよ!」
ずびしー!と拳を突き上げてポーズを取るミナちゃん。やたらとテンションが高い。
「ズバリ!この学校には元から恐ろしい魔王が封印されていて!それを、校則を守ることで封印しなおそうって魂胆!でもうまくいかなかったから、明日の朝礼で“この中の皆さんから、魔王を討伐する勇者を選びます!”とか言ってくるわけ!だから、全員に朝礼に出席してもらいたがってるのよ、どう、あたしの名推理!!」
ででーん、とばかりのドヤ顔。私はぽかーんとしてしまった。いくらなんでも発想が飛躍しすぎである。というか。
「……せめてそこは、悪霊とかにしておかない?まだ現実味があるって、そっちの方が」
校則の内容ではなく、守らせることに意味があった。その予想は面白いと言えば面白いが――いくらなんでも魔王はないだろう、魔王は。
「それに、前々からこの学校にオカルトなものが封印されていたとしてさ。校則を守らせることで効果があるってのもよくわからんし……それに本当に何かやばいものが封印されてる系なら、もうちょっと霊能者さんみたいな人が出入りして儀式やったりとかしそうなもんだけど?そういう様子だった?」
「……ないね」
「でしょ?考えすぎ考えすぎ」
「うーん、結構自信あったんだけどなあ」
どうしてその推理でそんなに自信が持てたのやら。そう考えて、私は最近ミナちゃんが異世界転生系ラノベに興味を持っていたことを思い出したのだった。きっと、退屈な学校生活を変えてくれる、刺激的な出来事に飢えているのだろう。
――……結局、まともな予想が立てられないなあ。明日、何があるんだろう。
私は窓の向こう、青い空を散っていく花びらを見ながら思ったのだった。
きっと大したことじゃない。そう信じたい、でも。
何だろう、この妙な胸騒ぎは。
***
そして、当日。
体育館にて、全体朝礼で壇上に上がった校長先生は――今にも倒れそうな顔で“告白”したのだ。
「今から此処にいる皆さんには……私達と一緒に死んで頂きます」
デスゲームならば。ここで“殺し合いをしてもらいます”という宣言が出て、皆をざわつかせたことだろう。
だが、もはやその段階すらも通り越していたと気づかされた。
私達にはもう、“殺し合い”によって生き残る道さえ残されていなかったのである。
「政府は去年四月に“新世紀ユートピア法”を施行しました。この法律は、理想の日本を作るため“不必要”な可能性のある企業、学校、団体に約一年間の監査を入れ、不合格となった団体を問答無用で処分するというものです」
ばたん、ばたん、ばたん。
体育館の扉と窓が全て閉められていくのを、私達は茫然と見ていた。
「その監査基準とは……『上からの命令に疑問を持たずにきちんと従える』こと。どんな意味不明な校則でも、先生達の命令にきちんと従って、皆さんが90%以上の遵守率を守ってくだされば……この学校は、合格することができました。ですが、残念ながらそうではなかった……この学校の生徒達は“上司や先生の命令に従うことができない不要な生徒達”であり、先生達は“強い指導力がない不要な教師たち”とみなされてしまいました」
よって、と。校長先生は泣きながら告白する。
「今日をもって、この学校の人員は全て処分されることとなりました。大変申し訳ありません。この学校は……生き残るためのテストに負けてしまったのです」
先生は顔を覆って、最後にぽつりと呟いてしまったのだった。
「なんで、校則を守ってくれなかったんだ……」
そんなこと言われても、としか言えない。
そういう滅茶苦茶な法律があるなんて知らなかった。知っていたら自分達だって生き残るために死ぬ気で校則を守ったはずなのに、どうして教えてくれなかったのか。それとも、教えたら規則違反として処罰されていたのか。あまりに無茶苦茶だ。こんな暴挙が許されるのか。
「い、いや……」
防護服を付けた男達がやってきて、ガスのよなものを噴射していく。傍にいた生徒達から、バタバタと苦しみだして倒れていく。
私はただ、ミナちゃんと二人。抱きしめあって震えることしかできなかったのだった。
「いや、いや、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
デスゲームは、知らされた時にはもう終わっていた。終わってしまっていた。
今更全てを知っても、何もかもが遅すぎたのだ。
デスゲームは終わっていた。 はじめアキラ @last_eden
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