第8話 消えた村

 深い霧が立ち込める某県の山奥。かつてそこにあったという杉沢村は、地図にも、記録にも残っていない。ただ、地元の古老たちの間で、断片的に語り継がれる忌まわしい伝承だけが、その存在を仄めかす。


その村は、決して訪れてはならない場所だと伝えられている。深い森に囲まれ、獣道のような細い道しかなく、迷い込んだ者は二度と戻って来られないという。そして、村に入った者は、皆、狂気に染まり、あるいは、魂ごと消え失せてしまうというのだ。


 その始まりは、村の青年、政夫の異変だった。彼は、ある晩、満月の夜に、突然狂気に染まった。鋭い眼光、血走った瞳、そして手にしたそれは、先祖伝来の、禍々まがまがしい形をした刃物だった。


その夜、その村は血塗られた修羅場と化した。シュウタは、村人一人ひとりを、凄惨せいさんな方法で殺戮さつりくしていった。老いた者、幼い子供、誰もが彼の狂気に巻き込まれ、悲鳴も虚しく、命を奪われた。そして、最後に政夫自身も、同じ刃物で自らの命を絶った。


翌朝、村は静寂に包まれた。しかし、その静寂は、死の沈黙だった。家々は、血痕と、壊れた家具、そして、散乱した遺体だけが残り、生きた者の気配は一切なかった。


 それからというもの、その村は、まるで地図から消し去られたかのように、存在を忘れ去られた。わずかに残されたのは、村の入り口に立つ、朽ち果てた「立ち入り禁止」の看板と、古老たちの間でささやかれる、恐ろしい伝承だけだ。


その伝承には、様々な異形が語られる。満月の夜に現れるという、白い着物をまとった女の幽霊。森の奥深くから聞こえるという、子供の泣き声。そして、政夫の魂が、今もなお、村を彷徨さまよい続けているという。


 その村は、決して訪れてはならない場所。それは、生者の領域ではない、魂を喰らう闇の領域なのだ。 そこに足を踏み入れた者は、二度と戻って来られない。そして、たとえ生きて戻ってきたとしても、その魂は、すでにその村の呪縛に囚われているだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る