異世界転移した田舎の村で鍛えられた俺はいつの間にか剣仙の弟子ということになっていた

海星めりい

異世界転移した田舎の村で鍛えられた俺はいつの間にか剣仙の弟子ということになっていた


 見上げれば晴天。さらにぽかぽか陽気とくれば、こんな日は是非とものんびりと過ごしたいところなんだがそうもいかない。


「プギュアァアアアアア!!」


 その理由はクソでかい猪が俺に向かって突っ込んできているからだ。

 サイズは俺の身長とほぼ同じくらい。ぶっちゃけ、小型自動車と同じくらいあるんじゃないか?

 なんてことを思いつつ、背負っている剣を抜く。


 俺がすっかり慣れた動作で抜き去ったのは両刃でそこそこの大きさと重さを持つ剣――バスタードソードってやつだな。

 猪の動きをよく見て、最小限の動きで避けると浅く足を切りつける。


「プギュア!?」


 短く悲鳴を上げた猪はすぐさまターンして俺に再び突進してこようとするが、足に力が入らないのかターンにもたついている。

 こうなれば、あとは煮るなり焼くなり好きに出来る。


「はあっ!!」


 気合い一閃にバスタードソードを振りかぶると横から猪の頭部へ突き刺した。


「プギィイィィィィィィィィィィ!?!?」


 ひときわ大きな声で悲鳴を上げた猪は少し暴れ回るとビクン! と身体を一回震わせ倒れ伏した。

 あとはバスタードソードを猪から涌き出る血に気をつけて抜きされば終わりだ。


「やっぱ田舎道は魔獣が多いな。あんま強くないのが助かるけど……」


 バスタードソードにこびりついた血を振り払いながら独りごちる。

 ちなみに、この猪で本日すでに三度目の魔獣の襲撃である。

 本来、街道は整備されていたり、兵士などが巡回しているため魔獣と出会うことなどそうそうないのだが、今俺がいるのは山の中に無理矢理道っぽいものを作ったというべき道。

 その証拠に石畳やら何やらで整備なんかされてないし、道に普通に石が転がってもいる。獣道とまではいかないのが救いだろうが。


「しかし、俺も強くなったもんだよなあ……」


 倒れ伏した猪っぽい魔獣を見ながら呟く。

 もう一年以上か……。

 しみじみとこの世界に来たばかりのことを思い出すのだった。


*******


 あの日、俺は普通に道路を走っていた。特に変わったところはなかったはずだ。

 しいていうのならば、あの日は新作のゲームを早くプレイしたくて、近道として普段通らない裏路地を通ったことくらいだろう。

 まさか、それがきっかけで異世界に来ることになるとは欠片も想像していなかった。


 これがせめて召喚ゲートっぽい魔法陣に呑み込まれて、とか。

 使い魔っぽい生物や動物に導かれて、とか。

 所謂、転生トラックでドーン! とか。


 まだそういう状況なら理解出来る。

 古びた神社等を訪れて磨いたり、お供え物をしたりしたら神様がー、みたいな展開もありだろう。

 だが、俺はそんな特殊なことは一切なく、気がついたらビルが建ち並ぶ裏路地から何処かの山奥のような草木が生い茂るところにいた。

 本当に気付いたらいたのだ。

 まあ、神隠しと呼べるあれに近いのかね。


 当然ながら、あたりを見渡しても俺が元々走っていた道があるわけもなく、スマホは圏外。

 途方に暮れつつ空を見上げてみれば、日本どころか地球上じゃ見られないドラゴンだかワイバーンだかが飛んでいく様を見てしまう始末。

 こうなると、呆けていた頭も少しはまわってくるわけだ。


「嘘だろ、おい。こんな形で異世界行きってありかよ……」


 普通こう言うのって姫様とか王族、神様とかに呼び出されたりしてさ、それと同時に何か特殊な力を授かったり、強力な力に目覚めたり、もしくは弱い能力かと思ったら実は使い方次第で強かったり、なんて話じゃないの?

 そんな風に考えてみても状況は全く変わらない。

 周りをどれだけ見渡しも森だし、近くに人の気配すらない。


「いや、これからどうすんだよ……」


 だんだんと現実を理解してくると今度は本気で困惑してきた。

 食事に、宿に、生活、その全てを見知らぬ土地にいる自分一人で行わなければならなくなったのだ。

 正直、生きていける自信など微塵もなかった。


 その時、俺の背後からガサガサガサガサ!!!! と、草木が揺れる音がした。

 ビクン!! となりつつ、おそるおそる振り返る。

 この状況で何がやって来るのか全く分からない。


 人人人人人人人人人人人人人人、人来てくれ!! 頼む! できれば優しくて、俺のことを助けてくれる人!!

 人であってくれ、人であってくれ、人であってくれ――……と、祈る俺だったが、


「グルルゥ?」


 現れたのは、俺と同じくらいの大きさの二足歩行するトカゲ……というかまんま恐竜みたいな生物だった。

 さらに、口からはよだれらしきものがしたたり落ちている。

 それを見た俺が思ったのは、『あ、異世界の恐竜って毛は生えていないんだ』というしょうもないものだった。


 そのまま、少しの間見つめ合う恐竜と俺。

 これはこの恐竜と契約獣的なパートナーとなれるフラグ? なんて思ったりもしたのだが、


「グルルルルルァアアアアアアアアアアアアアア!!!」


 そんなうまい話があるわけもなく、叫び声を上げた恐竜は俺に向かって走り出していた。


「ですよねぇえぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 俺も全速力で逃げる。

 道なんか全く分からないが、とにかく走った。

 どう考えてもあれに追いつかれたら俺に待っているのは死だ。

 異世界に来てよく分からないまま殺されて、よく分からない生物のご飯にされるなんてごめんだ!!

 だから、俺は自分にできる限りのことをする。


「たーすーけーてーくれぇえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 それはもう喉が潰れる勢いで叫んだ。

 だって、俺にあれを倒せるわけないし。

 一応、どこか逃げ込めそうなところはないか探しながら走っているのだが、何にもない。

 ならば、ひたすらに叫んで誰かに助けてもらおうというわけだ。

 だが、叫びながら逃げ続けていても、限界は来る。


「はあ、はあ、誰もいないのかよ」


 疲れを自覚してくると同時に絶望が襲いかかってきていた。

 そりゃそうだろ。同年代の平均よりは鍛えているつもりはあるが、全国大会に行くような陸上選手じゃあるまいし全力疾走なんて何十分も出来るわけがない。


「た、助けてくれぇえぇぇぇ!!! がはっ!? ごほっ!?」

 ダメ元でもう一回叫ぶも呼吸が荒かったせいか、むせる始末だ。

 しかも、地面に飛び出していた木の根に足を引っかけるっていうおまけ付き。


「うおっ!?」


 特にでかい怪我はしていないみたいだったが、ここで転けたのは致命傷だ。


「グルルオゥ!」

「こ、こっち来んな! 俺なんか食っても美味くないぞ!」


 必死に腕を振るって、どっか行け! と叫ぶが恐竜はどこにも行きそうにない。

 それどころか、思いっきり大口を開けていた。

 あ、終わった。どうにもなんねーわこれ。俺の人生こんなわけわかんないまま終わりかよ。

 なんて思ったとき、一陣の風が吹いた。


 かと思ったら、


「クギュルア!?!?!?」


 一瞬にして意味の通らない謎の言葉を放ちながら恐竜の頭が落ちる。


「はへ?」


 さらに続けて、頭を失った胴体から噴き出した真っ赤な血が全部俺へと降り注ぐ。


「うぷっ!? 汚え!?」


 真っ赤なペンキを被ったみたいな状態の俺の目に映ったのは、色鮮やかな和服っぽい服装に白銀の艶やかな髪をした人の後ろ姿だった。

 よく見れば、その手には刀のようなものが握りしめられており、この人がさっきの恐竜の頭を切り落としたのは明白だろう。

 その人は、ゆっくりと刀についた僅かな血を振り払うと、綺麗な動作で鞘へと刀をしまい込んだ。


 もう、なんていうかすごい美しかった。

 息を呑むほどというのだろうか、とても様になっており自然体だった。

 そんな風に考えていたら助けられた安堵感がやってきていた。

 そして、それと同時にこれは来たんじゃね? なんてことも思う。

 ああ、これが俺とヒロインの出会いなんだろう。異世界で始まる助けられてからのボーイミーツガールなんて案外悪くないのでは? 最強系ヒロインを追っかけて成長していく……というのもありだな。


 なんて考える俺に耳に届いたのは――


「なんじゃお主、どこから来た? ここらでは見ない顔じゃな?」


 まごう事なき男のじじい言葉だった。

 これじゃボーイミーツオールドマンじゃねえか!?

 ヒロイン何処行った!?


 まあ、言葉は通じるみたいだったので全部話して助けを求めたわけだが。

 正直、ことごとく予想が裏切られて不満がないわけじゃ無いんだけどな。この爺さんには関係ないわけだし、助けてもらったことに変わりはない。

 俺の話を聞いた爺さんはあごに手を当てる。


「ふむ……ならば、儂の家に来ると良いだろう。まずは、その血も落とした方が良いだろうしな」


「ありがとうございます!」


 心の底からお礼を述べる。爺さんだろうと、何だろうと助けてくれるだけで有り難い。なにせ、何もかも分からないのだから。

 それに、印象の問題にもなるが悪人じゃなさそうってのも大きな点だったがな。

 もしかしたら、爺さんの家につけば、同年代くらいの孫娘がでてきて、『お爺ちゃん誰それー』みたいな流れからいっしょに修行してーみたいな展開もあり得るよな……なんて考えながら爺さんの後に付いていくのだった。



******



 そんな爺さんに連れられてやって来たのは村だった。

 爺さんと俺が村の入り口へたどり着くと、何人か集まってくる。


「先生どうしたんですか? こんなに早く帰ってくるなんて……おや? その血まみれの少年は?」


「うむ、こやつが魔獣に襲われておってな、助けたついでに帰ってきたというわけじゃ。気にすることはない」


 住人は血まみれの俺に対して、一瞬驚きはするものの、爺さんが魔獣に襲われている所を助けたと説明を受けると頷く程度で日常生活に戻っていった。

 ここの住人は肝が太いのか? かなりあっさりした対応だったぞ?


 しかも爺さんの呼び名が先生ってことはこの爺さんは村長では無いってことなんだろうが、爺さんはかなり頼りにされているのかもしれないな。

 そうでもなければ、いきなりよく分からない俺を簡単に村の中へ入れたりはしない……と思われる。

 穏やかな村だからその辺は後で聞くしかないかもな。


「ほれ、いつまでそこに突っ立っておる。いくぞ」

「あ、はい!」


 先を行く爺さんの後をついていく。

 ついでに、俺が持っているものを確認しておく。

 スマホは防水だったため血を落とせば使えるようだが、バッテリーが尽きたら終わりだろうな。

 異世界に来たという説明の証明には使えそうだから持っているが、ここら辺の道具はどうするべきかね? 

 あくまで村から推測出来る印象程度の話だが、少なくともスマホはオーパーツ感がある。


 ボールペンなんかは、万年筆っぽいものぐらいあるかもしれないが店を見ないと考えることも出来そうにない。

 それにしても……この村かなり田舎だな。

 改めてあたりを見渡すもそうとしか表現出来そうにない村だった。良くいえば牧歌的とでもいえば良いのかもしれないが、日本の田舎の数倍は田舎なんじゃないかな? というのが、俺が最初に思った印象だった。

 さらに、先ほどから住人とすれ違うのだが……


「あら、先生どうも」

「うむ、奥さんも相変わらず若いのお」


 だとか、


「おう、先生! 今度ウチで取れた野菜持っていくからな!」

「いつもすまんの」


 だとか、


「先生……あたしんとこに孫がね――」

「うむうむ、健やかに育っているようじゃな……」


 だとか、年寄り――若くてもおっさんとおばさんしか見当たらないんだが……。


「あの……」

「おお、すまんの。もう少しでつくからな」


 俺が爺さんに話しかけると、俺に家はまだか? と聞かれたと考えたようだが、俺が気になったのはそこではない。


「いえ、それは良いんですけど。この村ってご年配の方が多いんですか? 先ほどから若い人と一人も会わないんですが」


「ふむ、そうじゃな。六割は儂と同じくらいの老人で三割が中年、残りの一割が若者といったところかの」


「な、なるほど」


 じじばばだらけの村かよ!? いったいどうやって生活してんだ!?

 なんて考えていたら、一軒の家にたどり着いていた。かなり広い家で古い日本家屋に似ているだろうか。

 ここにくる途中で見た家々とは少し造りが異なっている。


「着いたぞ、儂は一人暮らしじゃから遠慮せずに上がるといい」


 どうやらここが爺さんの家のようだ。

 だが、俺にとって重要なのはそこではない。

 爺さんが一人暮らしだと!? 

 これじゃあ、爺さんの弟子(もしくは、孫)とのキャッキャウフフな訓練生活は!? ここでヒロイン登場って流れじゃないのかよ!?

 再び裏切られたお約束にショックを受けつつも爺さんの家にお邪魔する。

 流石に失礼だから態度には出しませんとも。


「まずは血を落とすと良い。風呂はすぐに沸くじゃろう」


 そう言われて沸かされた風呂に案内させられる。

 大分血も乾いてきて気持ち悪さ倍増している状態だから、風呂で落とせるというのは有り難い。

 風呂はこれまた檜風呂みたいな感じのお風呂だった。さすがにシャワーはなかったが、昔ながらの旅館みたいな風呂に異世界で浸かれるとは有り難い。血まみれの服もとりあえず洗えばある程度は落ちるだろう。


 血を落として、風呂を堪能すること二~三十分ほど、そのまま風呂を上がれば着替えが用意されていた。

 爺さんが来ていたような和服ではなく、住人が来ていた洋服だ。

 現代人からするとゴワゴワの肌触りだが、着れないほど酷いものではない。俺はそこまで肌は弱くないから、多分荒れることもないだろう。

 いやー、ヒロインこそいないのがちょっと残念だが、いい人に助けられて本当によかった、よかった。

 なんて呑気に思えたのはここまでだった。


 風呂から上がった俺はいきなり爺さんに連れられて、庭の奥にある倉庫のような場所に連れてこられていた。

 しかも、そこにはご丁寧に多数の武器が並んである。

 状況が全くつかめず爺さんに小首を傾げながら問いかける。


「えーっと、なんですかこれ?」


「む? お主にあいそうな武器はどれかと思ってな。どれも練習用じゃが、感覚を掴むには便利じゃろう」


「いや、武器なんか持ったこともないんですが……」


 そこら辺については出会ったとき説明したはずである。ボケている様子もなかったし、爺さんがそこら辺を分かっていないわけもないとおもうのだが……。


「そりゃわかっとる。だから、こうして練習用の武器を準備したんじゃ。練習せんと魔獣に為すすべもなく襲われて死んでしまうぞ?」


 え? この世界そんな危険なの? なんて思う間もなく次々と武器を握らされては数回振らされる。


「ふむ、どれも酷いが長剣がまだましか。刀に適性があれば儂の全てをたたき込んでも良かったのだが……残念だ」


「そ、そうですか」


 異世界で刀を使うとかちょっと憧れていたのだが、むしろ適性がなくて良かったのかもしれない。爺さんの全てをたたき込まれるとか何年かかるのか分かったものじゃない。


「ほれ、まず型から行くぞ、外に出て剣を構えよ」


「い、いきなりですか!?」


「当然じゃ!」


 そんなこんなで、特訓開始となるわけだ。

 初日である今日は型の確認で終わったわけだが、翌日からはそれはもう遠慮ないレベルで特訓させられた。

 おかげさまで、俺も魔獣を倒すことが出来るようになったぜ。


 いやー爺さんの教えが良かったからだな(白目)。

 え? 魔獣とはいえ生き物を殺すことに躊躇しなかったのかって?

 そんなもの三日で慣れた。

 というか、慣れざるを得なかった。

 爺さん達が暮らすここは前も言ったが田舎である。


 そんな田舎の村でも魔獣避けの柵程度はあるわけだが、そんなもの意味がないとでもいうように最低一日に一回は魔獣が村に入ってくるのだ。

 本来なら町に現れた魔獣は駐屯所にいる騎士や兵士が退治するらしいのだが、この村にそんなもんはない。

 つまり、自分達で全部どうにかする必要があるわけだ。


 説明を聞いてそれマジ? って思っていたら、異世界に来て二日目には爺さんと一緒に村の中を見て回ることになった。

 こんなんで何が分かるんだろうか。

 あたりを見回しつつも、特に変わった様子はない。本当に魔獣なんてくるのだろうか、と思っていたら爺さんが唐突に口を開いた。


「ほれ、来たぞ。見て見ろ」


「ん?」


 爺さんが指を指す方を俺も目をこらして見てみる。

 すると、一匹の魔獣が空から畑に向かって飛んで来ているのがうかがえた。

 爺さん曰く、作物を荒らす害獣みたいな魔獣だそうだ。

 なんかスズメみたいな魔獣だな。

 魔獣というだけあってスズメよりは大きいが。


 そうこうしているうちに、魔獣は狙いをつけたのか急速に畑に向かってくる。

 てっきり、降りてきたところを爺さんが退治するのかと思ったが、爺さんは何もしない。腰の刀を抜きもしないし、構える素振りもない。


「倒さないんですか?」


「なぜだ? 儂がやらずとも彼がやるだろう」


 爺さんが目線を向けたのは農作業をしているおっさんだった。


「へ? あの人が……」


「いいから、黙って見ておれ」


「は、はあ……」


 そう言われて、黙って見ることにしたわけだが正直、あの人がどうやって倒すのか見当もつかない。

 だって、どう見ても普通の農作業しているおっさんなんだもの。

 大丈夫なのだろうか?

 だが、俺のそんな心配は無用だった。おっさんは空から作物を狙ってきたスズメみたいな魔獣を一撃で殺したのだ。


 もう目を疑うような光景だった。

 だって、クワを構えたあと一振りしたら真空波みたいなのが飛んでいって、魔獣が血を出しながら落下していったんだぜ? そりゃ驚くって。


「はい?」


「うむ、十分じゃな」


「あれ、先生じゃないですか……もしかして見回りですか?」


「そうじゃな。ついでに、こやつに村を案内しておるところじゃ」


「ど、どうも」


 二人に視線を向けられて反射的にお辞儀する。


「ああ、先生が拾ってきたっていう少年か。まあ、なんもない村だがゆっくりしていってくれ」


「ありがとうございます。それにしても、空飛ぶ魔獣を地上から一撃だなんて凄いですね」


「こんなもん別にすごかねーよ。この村の住人なら大体使えんじゃねーかな。じゃあ、先生おれはまだ作業があるんで、」


 おっさんはそう言うと魔獣の死骸の片づけに行ってしまった。

 この時点で少し嫌な予感はしていたが、その感は大体あっていた。

 その後も爺さんから案内ついでに村を案内されたが、魔獣がでるわでるわ……。

 それ以上に驚いたのは、その魔獣を住人の爺さんや婆さん、おっさんもおばさんがなんてことないように屠っていくことだよ。

 誰も村の中に魔獣が入ってきても悲鳴一つあげずに処理していた。


 そのときに俺は思ったね。

 あ、これアカンやつや、と。

 挙げ句、小さな子供でさえも石を投げて魔獣の気を逸らして逃げるなんてことまでやっていた。

 この村の住人は全員化け物だと理解したわけだ。

 通りで爺さんが武器の練習しろっていうわけだよ。

 魔獣がわんさか現れるような村にいて、戦闘力皆無じゃ生きていくことすら出来そうにないもんな。

 その後、俺は今までよりも必死に爺さんから剣を習っていた。



******



 また、その翌日。

 少しは剣を振れるようになってきたわけだが、未だに慣れない。数日前まで普通の男子高校生だということを考えれば当然だろう。

 そんな中、俺の動きを見た爺さんがポツリと呟く。


「ふむ、筋は悪くないの。これなら、今日から始めても良いかもしれん」


「え? 何をですか?」


「聞こえておったか……気にせんでよい。儂は少し出かけてくる。すぐに戻ってくるからそのまま、練習しておれ」


「はあ、分かりました」


 と、その場はそれで終わり言われたとおり練習していたのだが、一時間ほど経ってから爺さんが運んできたものに驚かされた。


 爺さんは、いきなり魔獣を持ってきたのだ。

 話を聞くと俺が魔獣を殺せるようにわざわざかなり弱らせた状態で魔獣を持ってきてくれたということらしいのだが……、


「さあ、ひと思いにやるがよい」


(やるがよい、じゃねーんだよー!? こちとら畜産業の見学すらしたことねー現代っ子だぞ!? 二次元のグロはともかく三次元のグロには全く耐性がねーんだよ!?)


 吐き気を抑えながら、躊躇いつつも魔獣にゆっくりと近づいていき――剣をヨロヨロと突き刺して、とどめを刺す。刺したときの感触は思い出したくもない。

 吐かなかっただけよく出来たと爺さんからは褒められたが、正直ちっとも喜べなかった。

 その後は、剣の練習と魔獣にとどめを刺すことの繰り返しだ。


 ここら辺まで来ると感覚が麻痺したのかは分からないが、なんか慣れた。

 毎日毎日、微妙に大きな種類へと変わっていく魔獣を自分の手で殺していれば、そうなるのも無理はないだろう。


 ぶっちゃけ、強いキャラクターで弱らせた敵を、弱いキャラクターにとどめを任せることで育てるパワーレベリングをさせられている気分になっていた。

 この世界にステータスだの、レベルだのなんて概念ねーけどな。

 最終的には村にやって来てから一週間後には小型とはいえ魔獣を自分の手で倒すことに成功する。

 危なくなったら爺さんに助けてもらえる状況とはいえ、よく頑張ったと自分を褒めたい。


 そこから先は、爺さんから剣技を習ったり、魔獣との実戦を繰り返したり、農作業などの手伝いをしていたらあっという間に過ぎていった。

 今じゃ俺も村にやって来た魔獣を見ても「また来たのかー」って落ち着いて考える余裕すらある。

 流石にクワじゃ無理だが剣なら真空波っぽいものも飛ばせるようになったからな。

 大進歩も良いところである。

 現代ならびっくり人間なんてレベルじゃないな。

 そんな風に村での生活をしていたら、あるとき爺さんに話があると呼び出された。


「師匠、何のよう?」


 爺さんに剣を教わるときに師匠と呼ぶようにと言われたのでそれからずっと師匠と呼んでいる。

 言葉遣いは丁寧語にしようとしたのだが、似合ってないから止めろと言われた。気さくなのは楽で有り難いがちょっと失礼だよな。


「お主がこの村にやって来て一年になる」


「え? もうそんなに経ってたの?」


 正直、そんなに実感はない。毎日が忙しかったのもあるが、なんとしてでも生きていくために必死だったからだろう。

 ふと手を見れば皮は厚くなっており、体つきも来たときよりもかなり絞れている。訓練の成果だな。


「お主は儂の鍛錬に諦めずについてきた。それだけでも凄いことじゃが、物事へのとらえ方が柔軟じゃ。効率よく儂の教えを吸収していった」


 一応、現代人の知識(かなり薄いものしかなかったが)を利用して身体の使い方を考えただけだったのだが、師匠である爺さんにこうも褒められると流石に気恥ずかしくなってくる。


「そこでだ。お主もそろそろ旅に出てもやっていけるじゃろう」


「え? それは免許皆伝ってこと?」


「ばかもの……そんな簡単に免許皆伝などくれてやるものか。お主の今の実力ならばそうそう遅れはとらんじゃろうし、お主が迷い込んだという現象――儂に心当たりはないが知り合いが知っておるかもしれん」


「師匠……覚えてたのか」


 出会ってすぐに伝えたことだから、てっきり忘れさられたかと思っていたからちょっと感動している。

 そんなこと思っていたら軽く叩かれてしまった。


「いて!?」


「覚えとるわ。人をボケ老人扱いするんじゃない。全く……お主が本当に帰還方法とやらを求めるならあのババアの元を訪ねるのが早かろう」


 師匠がババアと呼ぶ相手は一流の魔法使いらしく、過去なんどもしのぎを削るような間柄だったらしい。

 それだけ聞くと、敵か? とも思うのだが、刀と魔法の違いはあれど一流同士のライバル関係っぽいな。ババアとか呼びつつも師匠の声音はどこか親しみがあるようにも思えるし。

 まあ、そのすごい魔法使いの婆さんは魔法を含めてすごい現象とかいっぱい知っているし、神話とかの伝承にも詳しいから手がかりとかつかめるかもよってことだな。


「――……というわけじゃ。そして、ここで暮らすというなら、それでもいいじゃろう。どうする?」


 一通り、話したところで師匠が真剣な目をして問いかけて来た。

 牧歌的なこの村で暮らすのも確かに悪いことじゃない。ルーティンワークになってるけど、仕事にも慣れてきたし、全然ありだ。

 でも、やっぱり帰れるなら帰りたいし、帰れないなら帰れないなりに冒険をしてみたい。

 せっかくの異世界なんだ。自己責任で楽しんだっていいだろう。

 師匠にそう伝えると、村で狩りをしていた分も合わせて食料と路銀も用意してくれた。


 滅茶苦茶厳しかったけどこんな優しい師匠と出会えて良かった。

 ありがとうございました――師匠。帰還方法があったにせよなかったにせよ絶対に一度は帰ってきます。


 こうして、俺――佐竹さたけ 凛一りいちは師匠や村の皆から見送られながら、帰還方法を求める冒険へと旅立ったのだった。

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