第28話 嘆き悲しみ

 第十一章 嘆き悲しみ、求める世界


「……ん」

 あまりの強い光に眼を閉じながら歩いていたが、瞼に伝わる光で『もう大丈夫だ』と思い、閉じていた眼をゆっくりと開ける。すると眼の前に広がっているのは屋上。そしてフェンス。見覚えのある場所なのですぐに分かった、ここは、奈央のいる病院だ。

 俺はすぐに自分の姿を、前、横、後ろと確認する。

 黒いコートではなく学生服を着こなし、髪の毛を二、三本抜いて確かめると黒色なのは当たり前で、刀や拳銃なんか持っていなく、当然の如く黒い羽も生えていない。そして最後に、今までやってきたように左手を前に出して能力を発動させようとする。

――が、光りもせずに、左手になんの変化もなかった。

「やった! 帰ってきたんだ。現実の世界に……」

 本来なら、こんなこと思わずに日常に戻っていくのだろうが、残念なことに(俺にとっては嬉しいことだが)俺はすべてを覚えていた。

 今日は何日なんだろうか? そう思い、ポケットに入っていた携帯を取り出して、日にちを確認する。

「十二月の――」

 ……やっぱり、俺が落ちて死んだ日だ。どうやら死んでいなかった世界に来たようだな。ということは、ここは、俺が今まで生きてきた世界によく似てはいるが、実は違う世界……ということなのだろう。

 それほど大きな違いはないだろうな。……たぶん、俺は死んだか死んでいないかが、一番大きな違いだろう。

「よし!」

 とりあえず現状の把握はこれくらいで充分だ。

 ――行こう、奈央の下へ。


 奈央がいるであろう病室に向かう途中、しみじみと考えてしまう。

 奈央の病室は、生前の時から彼女のことを思い通い続けた場所であり、そして、死に神になって記憶を失っても記憶の片隅に残っていた――俺の思い出の場所だ。

 ……だけど、あまりいい思い出はない……いや、少し違うな。いい思い出もなければ悪い思いでもない。そんな場所だ。

 生前は、約束を理由に彼女に会いに来ていた。奈央から指摘されたことだが、俺は約束を口にするだけで、奈央に対して好きなんて一言も言ってなかった。今思えばそれが間違いだったんだ。俺は勝手に、約束を守り続けていることが、好きだということだと考えていたが、奈央はそれを、約束だから好きでいると解釈してしまった。

奈央は言った――『約束だから好きでいるのと、好きだから約束を守るのは違う』――と、この言葉が頭から離れない。

 俺が一言好きだと言えればよかったのだが、俺も、段々元気のなくなっていく奈央に、実は俺のことが嫌いなんじゃないかと考えるようになってしまい、普段から言わない言葉がさらに言えなくなってしまった。

 どちらが先に、相手にすれ違いの機会を与えたのか分からないが――今は違う。

 死に神の世界で、俺たちは素直に自分の気持ちを言いあった。そしてお互いに、今まで相手に遠慮していただけで、本当は相思相愛だったということに、やっと気付いたんだ。

 だからだろう。今までは奈央の病室に行くのは息苦しさを感じていたが、今は息苦しさなど微塵もなく清清しさまである。

 ――ああ。会いたい、会いたい、俺は奈央に会いたいんだ。

 そんな胸一杯の気持ちで歩いていくと、やっと彼女がいる病室に辿り着いた。

「ふふ、『やっと』って」

 会いたい気持ちが強すぎて、奈央の病室に辿り着くのが体感的に遅く感じたのかもしれない。


 俺はノック――はせずに入ることにした。奈央も死に神の時の記憶があるのだから、俺とはもう二度と会えないと思っているはずだ。そんな心境の時に、自分が急に入っていった方が、サプライズ感があっていいかと考えたからだ。

 俺はいつもとは違い、ノックをせずに扉を開き一気に中に入り俺は言う。

「奈央! 死に神の世界から脱出して、帰って……来た……よ……」

 奈央が今までいたベッドに向かって言ったのだが、

 ……そこには奈央の姿はなく……、

 ……それどころか……、

 ……人が居た形跡すら……、

 ……なかった……。

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