死に神は初めて恋をする。
しゃりん
プロローグ
十二月。本格的な寒さを肌で感じる季節。いつものように中学校の授業が終わったその足で病院に訪れていた。階段で四階まで上りながら、『今日で来るのは何回目だろうか?』と、そんな答えの分からない事を考えてしまう。それぐらいここに通いつめていた。
四階に辿り着くと、迷う事無く進み目的の病室を前にする。だが、すぐには入らずに一息深呼吸をする――これもいつもの事。
「……よし!」
最初の頃は深呼吸なんてしていなかった。純粋に心配で会いに来ていたし、顔を見るだけでも安心出来た――いつからだろうか? 幼なじみのお見舞いがとても息苦しい物になったのは……。
落ち着いた所でノックをする。『…どうぞ』という言葉で、扉をスライドさせて中に入る。
「……今日も来てくれたんだ。ありがとう――稟太郎」
机を前に上半身を起こして、申し訳無さそうに挨拶をしてくれた幼なじみ。髪形は昔と変わらずのショートカットだが、病院に入るまでにはあった彼女の活発さは抜けていた。
「気にしないでよ――奈央ちゃん」
何度目か分からないやり取り、僕は手近にあった椅子を引き寄せて座る。
「…………」
「…………」
視線を交わさずお互いに無言。この空気にも慣れた。だけど、無言続きでは駄目だと思い、何か話題をと視線を机に向けると、書きかけの小説が目に入った。
「寝てなくて大丈夫なの?」
本当は『寝てないと駄目だよ!』と強く言いたかったけど、病気の彼女が出来る唯一の事だから言えなかった。
「うん。今日は結構調子が良い方なんだ。主人公がタイムトラベルの能力を手に入れた話なんだけど、ほら――」
そう言って、自分が書いた小説を見せてくれる。それは彼女が元気である証拠だが、同時に安静に寝ていない証明でもある。だから、僕は厳しく言う。
「いいから、寝てないと駄目だよ。ほら、安静にして」
立ち上がり彼女の手から小説を軽く奪い、ベットに寝るように促した。前に無理をして苦しそうにしていたのを見てから、少し過保護になってしまったかもしれない。
「……そうだよね、ちゃんと寝てないと……迷惑……掛かっちゃうよね……」
僕の言葉に、横になり掛け布団を首まで被る。それを確認して椅子に座りなおした。
「…………」
「…………」
誰の所為かは明らかだが、また無言。確かに慣れているが、こんな時間を何度も体験すると、幼なじみどころか、本当に『あの約束』をした仲なのかと疑ってしまう。
「……ごめんね、いつも来てくれるのに、私がこんな状態で……」
幼なじみの顔色は優れない。なんとかして安心させようと思い、僕は言う。
「気にしないでよ。昔からの――幼なじみじゃない」
彼女は微笑み、窓の外を眺め始める。今彼女が何を思っているか僕には分からない。
僕の言葉は間違ってはいない。でも、本当に言いたかったのとは違う。本当は『約束したんだから当たり前じゃない』と言いたかった。でも、僕には言えない――いや、本当は聞く勇気がない。否定されるのが、怖い。ここに来るたびに約束を否定されるんじゃないかと考えてしまう。あの約束を否定されるかと思うと、とても息苦しい。
彼女は覚えているだろうか? 向こうから約束の話が出てきたことは無いが、何年も昔で、誓約書もなく、立会人もいない、嘘を吐くことに罪悪感さえもない年頃だったが、確かに僕たちは――結婚の約束をした。
約束をしてからは、僕たちは一層に仲が良くなったと思う。子供の頃の他愛ない約束だったが、それが真実になるのをお互いに楽しみにしていたんだ。
彼女が病気を患うまでは……。
忘れもしない二年前。長く感じた小学生活を終え、新しく始まる中学生活開始までの猶予期間中に――彼女は病に侵された。
その頃から、奈央ちゃんからは活発さがだんだん抜け落ち、昔と変わってしまった彼女に僕は遠慮するようになり、結局、僕は彼女に一歩踏み出せぬまま、幼なじみとしてお見舞いに来るようになってしまった。
「…………」
――僕に、もっと勇気があれば、こんな風にはならなかった……そんな気がするんだ。そうすれば、こんな幼なじみとしてではなく――、
「……もう、暗くなってきたね……」
彼女はそっと呟く。想い耽っていたから少し反応が遅れてしまった。
「……そうだね。もう十二月だから陽が落ちるのが早いんだよ」
言いながら窓の外を眺める。確かにあと数十分もしない内に日は沈むだろう。これ以上いても何の話も出来ないだろうし、僕は立ち上がる。
「それじゃあ、そろそろ帰るよ」
今日も約束を否定されなかった。それだけでも少し気持ちがホッとする。だからといって、約束を肯定された訳でもないが……。
「……うん……バイバイ」
彼女からの有り触れた言葉でも少し気になってしまう。彼女の口から『また来てね』といったのを聴いたことがない。本当は僕に来て欲しくないと思っているのかもしれない。小さな頃の約束なんて、やっぱり僕の独りよがり……なのかな……。
振り返ることなく病室を後にした。
――これが、僕と彼女の距離。
病室を出ると、窓から見える景色は暗かった。いつもなら、このまま行きと同じ道を辿り、帰路に着くだけだが、今日は昔の事を思い出したりして、息苦しさが極まってしまい、少しリフレッシュしたい気持ちがあった。
「行くか」
思い立つとすぐに屋上に向かった。途中、ナースさんに怪しまれないように進んで行く。当たり前だが屋上は立ち入り禁止。だけど、ここの屋上は出入り可能。なぜなら鍵が掛からないらしく、せめてもの対応に『立ち入り禁止』のプレートが掛けられてあるだけ、さらには鎖も低い位置。もうこれ止める気ないだろ……。そんな病院の安全への怠慢を感じながら、鎖を跨ぎ屋上への侵入に成功した。
ここの屋上は何も無いくせに広い。測ったことはないが、まあ、これからも測ることは無いだろうが、二十五メートルプールを横に二つ並べたぐらいの広さがある。あと目に付くのは、出入り口の横にもう一つ上に行ける梯子があるのみ。何度か来ているので確認済みだ。
そのまま真ん中辺りまで歩いていき、息を吸い込み、左右の指を絡ませ手の甲を内側に、腕を、肩を、背中を、腰を、思いっきり上に引っ張りながら詰まった息を吐く。吐き切ると、今度はそのままの体勢で、新鮮な空気を思いっきり吸い込み重力に従う。これを何度か繰り返した。
「――はあ、すっきり」
終えると、折角屋上に来たので町並みを見ようと思い立ち、出入り口から一直線に進んだ先にある柵に近づく。柵は僕の身長を遥かに越える高さ、たぶん二メートルぐらい……もちろん柵の高さがだが。柵に手が届く距離から眺める。
「――ん?」
その中で気になり目に止まったのは、暗がりでよく見えないが、もう潰れてしまった廃病院。ただの廃病院なら、ここの病院との経営競争に負けた残骸ぐらいにしか思わないが、あの病院には良からぬ噂が流れていた。
――自殺の名所だと。
そんな噂が流れているが、あそこからひとつの死体も見つかっていない。事実とは異なった噂。潰れてすぐに取り壊さなかったから、そんな根も葉もない噂が流れてしまったんだろう。
もっと早くに行動していれば、こんな事にはなってはいないだろう。
「…………一緒だな」
この場には居ない過去の僕に呟いた。僕もそう。彼女が病気を患った日から、もっと僕に勇気があれば……。
昔をどれほど悔やんでも、過去には戻れない。歯がゆさからか柵の金網を握る。
「……もし……もし、過去に戻れたら、僕は――」
――っ! 突然起こった背中への衝撃。たたらを踏む。このままでは落下する。だが、問題はない。背中を押されようが、安全を守るための柵が機能していれば人を跳ね返す。
――はずが、柵は僕の体を跳ね返すことなく、受け止め――そして流した。
「くっ!」
咄嗟の判断だった。投げ出された体をすぐに入れ替え、せめて屋上のヘリを掴もうと左腕を伸ばす――。
「なっ! ……お前は!」
背中を押したであろう人物を目にした――その姿は真っ黒の服に身を包み込みフードで顔を隠した男だった。確認できたのはそれだけで、僕はヘリを掴めなかった――。
掴めていたかもしれない腕は空間を彷徨う。彷徨って彷徨って、その間に体は重力思い出す――柵と共に落下し始めた。
悲鳴は出なかった。なぜだろう? 自分が死ぬかもしれないという状況よりも、あの黒い服の男は、どうして僕の背中を押したのだろうかと疑問に思った。
そんな思考出来るのもあと少しだろう。もう地面は迫ってきている。
死の間際、時間はスローモーションになるとは聞いたことがあるが、まさか自分がその経験をすることになるとは思っていなかった。だからだろう、こんな下らないことまで考えることが出来る。
人は落ちて死んだら、どうなるのだろうか?
体は知っている。今までの人生で味わったことのない激痛を伴い、絶命する。
じゃあ、心は? 分からない。
心はどうなるのだろう? 天国に行く? それとも地獄に落ちる? いや、そもそもその二択しかないのだろうか? もしかしたら、生まれ変わるという選択肢もあるかもしれない。もし生まれ変わって、『今の』僕と同じ人生を歩むとしたら、後悔の無いように生きたい。
――生きたい? ――ああ、そうだ――生きたい。――死にたくない。
そんな心からの本音も奇跡を起こすには至らないだろう。
「……奈央……」
そのまま僕は、地面に――。
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