快晴ときどきゲリラ豪雨

ゴールデン仮面

第1話 快晴ときどきゲリラ豪雨

 私の不安定な心を予報してくれるお姫様はどこにいるのだろうか。

私の感情は若者の流行りぐらい不安定で、靴底についたガムのように厄介だ。

思春期の子供なんて大体そんなもんだと思うかもしれないけど、私のは夏に降る雪

のように度を越している。一つ、私の経験したことを話そう。


  これは私が小学四年生ころの話だ。まだまだ幼かった私は、クラスの女の子

たちと好きな先生について盛り上がっていた。


友達A「山田先生かっこいいよねー」


友達B「ええ、田中先生の髪の毛のほうがもじゃもじゃだよー」


友達C「でもさ、佐藤先生の服のシワのほうが可愛くない?」


友達D「ええ、あんたそういう系?w」


一同「ぎゃははははwww」 


こんな感じで、いつも通りの女子トークを楽しんでいたそんな時、クラスに激震が

走った。どこかに落ちる夢を見て目覚めたときのように震えだす教室、耳元でハエが

飛んでるんじゃないかと思うぐらいの爆音が響いていた。


一同「なんだなんだ?」


慌てだす一同のどよめきと絶叫の中、私の手にはコンパスが握られていて、赤黒く輝

く血が滴っていた。


私「私なんていない方がいいんだ。月に行って焼け死んじゃえばいいんだ」


教室は真夜中に裸のおじさんを見た時のように静まり返った。

こんなこと言いたくないのに、口から温泉のライオンのように湧き出してくる。

 

私「○○ちゃんは私のことそんな卑猥な目で見てたんだ。私なんか毎日洗ってないパ

  ンツかぶって登校したほうがいいんだ。はいはいわかりましたよー」


そう言い捨てて、私は山田先生の乗ってきた自転車で遠く離れた山奥へ身を隠した。

 

 これが私の経験した実話だ。この話以前にも似たような経験はたくさんある。もう

みんなは中学生になっただろうか。でも、山へ身を隠して二年、私は何も成長してい

ない。そりゃそうだ、思い切って買ったのに結局一度も行ってない別荘のように何も

なく、道に落ちている石を蹴ろうとしてこけるときほどの刺激すらもないのだから。

別荘なんか買ったことないから知らないけど。まあとにかく、私はあのころから何も

変わってない。しいて言うなら、サバイバル技術がそれなりについたことぐらいだろ

うか。ところで、そんな私には、好きな本がある。それは昔仲が良かった友達にもら

った本で、小学生の千円ぐらい大事なものだ。

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 昔々、あるところににわかヲタクが許せない冴えないサラリーマンがいました。そ

の男性はまだヲタクが今ほど浸透していないころから社会の理不尽と闘い続け、今の

平和なアニメ文化を創り上げた英雄の一人でした。しかし、ヲタク多様化社会の中で

もいわゆるガチヲタと呼ばれる人たちは社会に疎まれ、同じヲタクにさえキモがられ

てしまいました。もちろんガチヲタのその男性も例外ではありませんでした。だから

その男性はにわかヲタクを信用できず、心を閉ざしてしまいました。そんなところ

に、一人のお姫様がやってきました。


お姫様「平和な世界を創りし英雄よ、下を向いてはいけません。あなたには世界を救

    う力があります。私とともに闘いましょう」


憔悴しきった男性は、彼女の訴えには耳を貸さず、心をとざしたままでした。

それでも世界の平和を心から願うお姫様は、男性を説得し続けました。


お姫様「英雄よ、そのままではあなたは梅雨明けのミミズのようになってしまいま                

    す。あなたの錆びついたマシンガンで、この世界を撃ち抜きましょう」


『錆びついたマシンガン』この言葉が男性を動かしたのです。少年の日の記憶、情熱

を取り戻した男性は、お姫様とともに闘い、本当の平和を手に入れたのでした。

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 これがその本のあらすじだ。私はこの本のお姫様、ではなく、男性の方に憧れた。

私もこの男性のように、閉ざされた鋼鉄の扉を開いてほしい。まあそんな素敵なお姫

様は、鼻毛で絵を描くようなこの世界にはいないのだろうけど。


少女「あの、ここで何をしているんですか?」


田舎の空のように透き通った声と、干したての布団のような温かいにおいが私の

耳と鼻をくすぐった。振り返ると、そこには白髪の美少女が立っていた。


私「あ、なんでもないですよ。それよりお姉さんかわいいですね」


動揺した私は、思わず本音を漏らしてしまった。


少女「ごめんなさいいきなり話しかけて。あとありがとうございます。フフフ」


笑ってはいるが、間違いなく苦笑いだ。本に出てきたお姫様そっくりなその少女にう

っとりしている私の顔はさしづめ二宮金次郎といったところか。この子と仲良くなり

たいな。そんなことを考えてると、人気のない私の隠れ家が、ゴキブリが天井から落

ちてきたときのように暴れだした。


私「おい、私に殺されに来たのか?」


少女「やっぱり来ましたか。落ち着いてください。おねえちゃん。」


少女の言葉は私には聞こえなかった。


私「恒久の、エターナルブロー」


私のこぶしから打ち出されたそのパンチは、少女の顔をかすめた。


少女「私は、あなたの妹です。落ち着いてください。きっと大丈夫です。」


妹と名乗る少女は、殴られたところから赤黒い血を流しながら、私に抱き着いて泣

き出した。


少女「ごめんね。はやく見つけてあげられなくて。ごめんね」


何が起きたのかわからなかった。突然泣き出したその少女は、まさにゲリ

ラ豪雨のようだった。夏に降る心地よい雨に似た涙で、私は正気を取り戻した。

私も、いままでため込んできたものを吐き出すように、少女に抱き着いて、飽きるま

で泣いた。


私「ごめんなさい。いきなり暴れだして。ところで、妹って何?」


妹「『サラリーマンとお姫様の英雄譚』という本を知っていますか?」


それは私の好きな本のタイトルだ。


妹「私たちはそのサラリーマンとお姫様の子孫です」


私「え!?あれ実話なの!?」


飼っていたスコティッシュフォールドがマルチーズだとわかったとき並みに驚いた。


妹「はい。あれはすべてノンフィクションです。そしてさっきの暴走は、英雄の血

  が影響しています」


どう考えても現実的ではないその話は、一日ぶりの食事並みに呑み込みが悪い私でも

なぜかその話はすぐに本当だと分かった。


妹「どうやら、わかってくれたようですね。では、着いてきてください。今から、私

  たちの平和を脅かす悪の組織と決着をつけに行きます。おねえちゃんの力が必要

  です。力を、貸してくれますか?」


私の閉ざされていた心の扉が、少しずつ開いていくのが分かった。錆びついていた扉

は、今ではもう自動ドアのようになめらかだ。


私「もちろん!」


今の私は、雪に反射する日光のように輝いている。私は今、私のお姫さまと、あらた

な英雄譚をつくりにいく。


私「本日は晴天なり!」


                 ~完~






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快晴ときどきゲリラ豪雨 ゴールデン仮面 @YamadaStylish

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