1. 水上列車の果ての島

 ──開庁時間内に、ぎりぎり滑り込めるかどうか。

 西暦二〇五六年九月、いちらい調査事務所の所員のともえは、金髪を海風にあおられながら、すいじょう列車の駅ホームを疾走していた。

 旅行鞄が肩に食い込み、二十七歳の筋肉が悲鳴をあげる。

 腕時計に視線を落とせば、十六時をまわったところ。十七時の閉庁までさほど間がない。町役場の担当者には、今日のうちに顔を出すと連絡してしまっていた。

 だいたい市來も市來だと、巴は内心で毒づいた。

 事業の追い込み時期とは言っても、割り振ってくるスケジュールがあまりにも過密すぎる。報告書の作成に追われた結果、ここ、もくじまに到着するのが遅れてしまった。おまけに連日の疲労が祟って、危うく寝過ごしかける始末。

ぜんしょうめつで乗り過ごすのは命取りだろ……。水上列車の本数が少な過ぎる」

 傾きかけた陽を浴びて、太平洋が光っていた。列車が残した白いわだちが、沖に向かって延びている。懐かしい記憶を夢に見ていた気もしたが、ネックレスよろしく首から下げた鈴をりんりん鳴らして走っている内、すぐにどうでもよくなった。

 三沐島。

 新幹線や在来線を乗り継いでとうきょうから四時間ほど掛かるこの離島に、巴は今回、『とある目的』のために派遣されてきた。

 勢いそのままに改札を通り過ぎかけ、巴はふと立ち止まった。

 窓口代わりのコンテナハウスで、じゅねんりょうの空きタンクに腰掛けて、男性駅員が寝入っている。だらりと垂れた右手には、水上列車のうんこうひょう

「きみ、勤務中に居眠りはまずいだろう。私が無賃乗車をしていないとは限らんぞ?」

 声を掛けると、どこからかけらけらと笑い声がした。見れば、中学生くらいの少年が駅前のロータリーに佇んでいる。色素が薄い、しらちゃけた髪が印象的だ。

 妙に小馬鹿にした口調で、彼は尋ねた。

「なにしてんの?」

「なにってきみ、駅員さんを起こそうとだな」

「駅員さん?ここは無人駅だけど?最後の駅員さんが脳出血で亡くなってから」

 巴はあっと声を零した。

 コンテナハウスのシャッターは、もう何年もそうしてきたかのごとく閉じている。あかさびによる腐食が随分と進んでいた。

 ───ざんえい

 巴が見たのは現実の光景ではなく、この土地が記憶している映像だ。駅員は、惰眠をむさぼっていたのではなくて、勤務中に亡くなったのかも知れない。

 急に、なにやらうすら青い冷気にも似たものが、駅前に立ちのぼり始めたように思われた。

「なるほど。確かに。ありがとう」

 巴は、くるりときびすを返した。携帯のロックを解除し、マップを開く。

 胸元に下げた鈴は、再びりんりんと忙しない音色を奏で始めた。

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