虚飾へと至る罪

葉月エルナ

第1章 暴食のランシール

第1話

 ラテシアン帝国、対悪魔犯罪特別捜査機関にて室長を務める老齢の男は対面する若手捜査官に向けて口を開いた。

 

「テオドリック・オーレリー、君に第八部署への異動を命じる。理由は、分かるね?」

 

 室長の鋭い眼光に臆することもなく、テオドリック、通称テオは端正な顔を歪ませる。

 

「なんすか、この前の拉致監禁事件ならちゃんと無事に解決したでしょ」

「だが、上官の命令に逆らった」

「上からの指示を待ってる猶予はないと、現場にいた俺が判断したんです。被害者も無事だったし、それに……」

「あのなテオ、この際だからはっきり言わせてもらうが、お前は優秀すぎるんだよ。それだけならまだいい。問題なのはお前が自分の能力を過信して好き勝手に暴れ回ってることだ。権力の巣窟でそんな真似をしたらどうなるか、賢いお前なら分かるだろう」

 

 つまり、たとえ優秀でも扱いにくい自分は厄介者ということか、とテオは心中で呟いた。第八部署は機関の中でも特殊な部署で、極めて危険な任務が割り当てられる。そこに配属されている捜査官もまた、変わり者ばかりだと聞いていた。

 

「全く、あれだけ正規のルートで出世できるよう私が関係各所に話をつけてきたというのに……」

 

 分かりやすくため息をついて見せる室長に、テオは苛立ちを隠さず舌打ちする。

 

「体のいい左遷ってわけですか」

「そうだよ。流石に今回は庇いきってやれん。だから素直に『はい』と言っていれば良かったんだ」

「無能な上司に媚び売るなんて死んでもごめんですよ」

 

 テオは苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てると、必要書類一式を室長から奪い取って背を向けた。

 

「すぐには無理でも、ある程度成果を上げたら元の配置に戻れるよう調整しておいてやる。だから……」

 

 その声を無視して部屋から立ち去る。どうせ戻れるとしても数年後の話だ。それまでは何とか、あの第八部署で生き残るしかない。

 

 捜査官の誰もが恐れ、忌み嫌う魔の第八部署。配属されるのは決まって、現場の足手まといか上の反感を買った人間だ。まさしく、今のテオのような。そして二度と正規の出世コースに乗ることはできない。

 

 だが、テオはこれを逆にチャンスと捉えていた。何せ第八部署には自分の上司となる人物がいないのだ。あろうことか部長不在のあの部署ならば、テオのやり方で捜査ができる。回ってくるのは他が匙を投げた難事件ばかりだし、危険であればあるほど名前を売るにはうってつけ。

 

 左遷されたこと自体は腹立たしいが、その恨みは出世してから存分に晴らせばいい。そう腹を括ったテオは今日付けで配属された第八部署の扉を叩いた。

 

「…………」

 

 無音の沈黙がその場を支配する。


 それから数分待ってみても室内から誰かが出てくる様子はない。痺れを切らしたテオはさらに強い力でノックした。もはや拳でドアを殴っているような状況だ。そこまでしてようやく扉がゆっくりと開く。

 

「んー、うるさいなぁ。お兄さん、なんの用?」

「あ、いや、俺は今日からここに配属された捜査官のテオドリック・オーレリーだ。誰かに聞いてないか?」

「んー、聞いてなぁい」

 

 テオは眼前で首を横に振る少女、否、幼女を見て困惑した。赤髪の小柄な幼女は誰がどう見てもまだ十歳にも満たない子供である。こんな子供が捜査官のはずがない。

 

「えっと、君の名前は?」

「ランシール。暴食の悪魔だよ、すごいでしょ!」

 

 無邪気な笑顔でランシールと名乗った幼女は、続いて無数の火球を辺りに浮かべて見せた。脳内の処理が追い付いていないテオのことなど意にも介さず、ランシールは自身と目線を合わせていたテオの首に腕を回し身体を密着させる。

 

「それで、お兄さんが今度の生け贄?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る