行商人のカケラ


 朝起きると、まずは身体を払うことから始める。

 荒野で野宿をするとサラサラした砂が服の中まで入り込むことがあるからだ。最初の頃持っていたテントも盗まれて以来買いなおしていない。

 今のところ、朝起きると身体中が砂まみれになっているだけで問題はないだろうと考えていたところ、昼食をご一緒することになった商人団体に“待った”が掛かった。



「テントなしって、あんた旅人何年目? 無謀にも程があるよ! テントがあって百利あって一害しかないよ」


「害はあるんスね」


 熱弁する行商人の長に、野次を飛ばした見習い少年は間髪入れずに脳天を叩かれていた。


「持ち運び問題よ! この旅人さん、徒歩だし、無謀だし、阿呆そうだし、心配にもなるわ」


 ぶちぶちと文句を垂れながら昼食の炒飯を一気に掻き込む。今日の昼食は商人団体の奢りで、マークも同じものを食べている。東方に伝わる醤油で味付けをしているらしく、馴染みのある味で懐かしさを覚える。

 新しい味に出会うのもいいが、たまに食べる故郷の味も良い。


「寝る時は耳栓と顔にタオルを巻いているので、砂による窒息や病気になることはありません。荷物も抱いて寝ているので盗まれることはないと思いますが……」


「甘い! いくら死人っぽい姿でいたとしても、息の根があると知った輩がトドメを刺そうとしたり、荷物だけ奪っていくなんてザラじゃないんだよ! もぉ〜〜、ぬくぬくに育った温室育ちのお坊ちゃんの考えって怖い」


 長は丸く巨体な自分の身体を、抱きしめるように両手で肩を掴み身震いさせた。「師匠は大げさなんスよ」と軽口を叩く見習いの少年の頭に再び平手打ちが襲う。


「旅をしていれば大げさ過ぎて困ることはないの!寧ろ、楽観的思考こそ死に直結するんだからね」


「ってぇ〜〜。けど、この旅人さんは今までそれで生きてきたんスから、わざわざ生き方を変えなくって「そこで! 旅人さんにオススメしたいものがこちら」おい」


 見習いの少年の言葉を遮り、長が自分の身で隠していたものを背中から取り出した。

 直径30センチ、厚み5センチほどの銀の支柱のようなもの。上から見ると中に筒のようなものがいくつも入っているのが分かる。


「これは?」


「最新のテントです!」


「シートがありませんが?」


「そいつぁ開けば分かる」


 手渡された銀の支柱の真ん中より少し下の辺りに小さな凹凸があった。マークは凹凸に親指を押し付けると、凹凸から赤い光が発し、マークの親指全体を確認するように包み込むとすぐに消えた。

 マークが支柱を逆さまにすると中に入っていた小さな筒が段になって伸びる。まるで折り畳み傘を開くときに似ているが、体を守るシートがやはりない。これではただの円柱か指し棒だ。

 長が「地面に刺せ」と指示するので、その通りにすると、耳元でブオンと機械音が聞こえた。


「これは……障壁(シールド)ですか?」


「おうよ、街を守るドーム型の障壁(シールド)を参考に作ってみたんだ。何せテントってヤツはどうしても嵩張るし重いからな。小さい子供がいる家庭やあんたのような徒歩の旅人やキャンプをする人間向けの商品さ。支柱で骨組みを組み立ててシートを被せたり、飛ばされないようにピックルで打つ手間もない。本人確認をして地面にぶっ刺すだけで簡単にテントが組み立つのさ」


「けど、透明(スケルトン)ですね」


「ふふん、そう思うだろ? 中に入って支柱の凹凸に軽く触れてみ」


 自信ありげに胸を張る長に促され、マークは透明のテントの中に入り支柱の凹凸に指を触れると、障壁(シールド)に色が付き外が見えなくなった。


「おーー……」


「外に出てみろ」


 入口から声を掛けられ外に出ると、支柱から出る障壁(シールド)が紺色に代わり、外からも中からもテントらしい見た目となった。


「凄いですね」


「どうだ、欲しくないか?」


「いりません」


 間髪入れずに即答すると、長は吹き出して笑った。


「今なら首から下げてる宝石1個で充分だぞ?」


「今のところ、コレを転売する予定も、テントを購入する予定もないです」


「あんなに絶賛してくれてたのにか?」


「凄いと思うことと欲しいと思うことはイコールになりません。相手に勘違いをさせてイコールにさせるのは商人の手腕だと思います」


「ハッ、言ってくれるねぇ」


「これでも旅人歴は長いですからね」


 ごちそうさまと、両手を合わせて食後の祈りを簡単にすると、マークは長の分の皿も持って立ち上がった。 


「ご馳走になったお礼にお皿洗っておきますね」


「商品を買ってくれたほうが嬉しいんだがね」


「次の機会を楽しみにしてます」


 マークはまだ食事をしている行商人たちの間をすり抜けて、水瓶が置いてあるトレーラーの下へ行くと、休憩中の女性たちが楽しそうに談笑していた。

女性たちに、食器を洗ってもいいか?と尋ねると水洗い用の瓶を教えてくれた。

 瓶の近くの桶に水を汲み、水を無駄遣いしないように洗い綺麗にしていると、後ろから見習いの少年が声を掛けてきた。


「なあ、旅人さんは何で買うの断ったんだ? 最初の方は乗り気だったのにさ」


「テントのこと?」


「ああ。話の流れで師匠の口車に乗っかって買ってくれると思ったのに、最後の最後で断るんだもん。びっくりしたよ」


 見習いの少年が肩を竦めるのを見て、マークは苦笑した。


「最初から買うつもりはなかったよ。断る機会を伺っていただけ」


「機会?」


「障壁(シールド)付きのテントの欠点。それは充電が切れるととても重くなること、充電代がものすごく高いこと、テントを軽くさせる装置に膨大なエネルギーを使うため満タンにしても2日しか保たないこと、そして……」


「そして?」


 見習い少年がオウム返しすると、マークは人さし指を立てて自分の口近くに立てて笑った。


「温度調整や紫外線、ウイルスは防げても、雨風などの自然発生物は防げないこと。だから中で寝るとしても外で寝るのと大して変わらない。完全防音が施されているし、外の音が聞こえないのは盗賊や野犬が現れる可能性のある野宿ではすぐに逃げられないから1番のデメリットだ」


 元々、障壁(シールド)付きテントは、ドーム内での使用が推奨されている商品だ。隔絶した空間で黙々と働くことができるため、各オフィスに設置されることが多い。また、子供部屋を用意できなかった家庭や夜の営みに使われることもある。

 屋内向けの商品と最初から知っていればいいのだが、如何せん旅人やドームの外に出る人は元ドーム内の住民だ。テントという商品名に騙され、また活用していた頃の利面性だけに着目し、よく考えずに買う人がいるため、商人たちは旅人たちをカモにしがちだ。

 食器を乾いたタオルで拭いて見習いの少年に渡すと、彼は眉を寄せたまま「難しい」と呟いた。


「今度は僕を騙せると良いね」


 クスクス笑いながら彼の元を去り、先ほど食事をしていた場所に戻ると、長は食後のお茶を啜っている。


「あんた、若いのに旅は長いのか?」


「5年以上は旅をしてます」


「ハッ、まだまだひよこっ子か」


「ええ。けど、昔散々騙されたおかげである程度のことは自衛できるようになりました」


 今回はスマートに断ることができたが、以前は便利だからと乗ることのできないバイクを買わされ、崖から落として廃車にしてしまった記憶がある。

 あの時ほど、荷物を身体から話さなくて良かったと思う日はなかった。追い剥ぎに遭った翌月の出来事である。

 遠い目をするマークに何を思ったのか長はゲラゲラと笑った。


「そりゃあ良いことだ! 俺たち商人にとっては悪いことだが、自衛を学ぶのは良いことだぞ」


「僕もそう思います………が、貴方は不思議な人ですね。商人なのにがめつ過ぎないというか」


「俺はこれでも義理高いんだよ。それに」


「それに?」


「あんたみたいな旅人とは、また会いそうな気がするからな。うちのお得意様になってくれりゃあありがてぇ」


「食料や消耗品、それと周辺の街の情報の売買なら喜んで」


「そりゃあ、こっちも同じだ」


 笑い飛ばす長に、マークはようやく肩の力を抜き、周辺の街の情報を交換し合った。ついでに、マークは消耗品の買い足しをする。


「この硬貨は使えますか?」


「ああ、うちはこの大陸の硬貨ならどこでも交換できるぞ。ただ街によって換金額が違うから注意な、北の金は高くなり、南の金は石ころ同然になる」


「鉱石の質の差ですか?」


「ああ、そうだ。お前さんの持ってる硬貨は東の硬貨だから、どちらを目指しても価値は大して変わらん。……ってぇと、お前さんの首から下げてるもんはどこで手に入れた?」


「友人から頂きました」


「ほう、その友人はどこへ?」


「さあ? 数分ほど話して別れたので今はどこで何をしているのか分かりません」


 目を細めてマークが首から下げている宝石を睨む。どう見ても混ざり毛のない純正品。大きな街の宝石店に持ち込めば、半年〜1年は金に困らない額になる。

 長の値踏みする視線をマークは笑顔で流した。


「それでは、そろそろ旅立ちますね。今日の寝所を探さなくてはいけません」


「テントを買えばそんな苦労しなくてすむのによぉ」


「必要ありません」


きっぱりはっきり断ると、長はガシガシと頭を掻き、マークに向かって小さな石を投げてよこした。


「これは……」


「俺のカケラだ。次に会った時、そいつを見せれば20%引きにしてやる」


「半額じゃないんですか?」


「がめついな、それは俺の気分次第だ」


 マークは行商人の長のカケラを両手で包み「ありがとうございます」と、頭を下げた。

 長は片手を振り、顔を上げたマークも片手を振り返してお互い別れた。

 行商人たちが駐屯していた場所が見えなくなると、マークは荷物の中から小瓶を取り出し、長のカケラを入れた。小瓶には今で出会い、カケラを分けてくれた人々のカケラが詰まっている。


「新しい出会いと縁に感謝を」


 マークはカケラを無くさないように、小瓶の蓋を念入りに閉めてから荷物の中、荷物の奥へ入れ直すのだった。









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心のカケラ 〜旅人たちの小咄〜 神月 @Oct39

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