日常という貴方。
塩酸
第1話
優しい橙色に色づく木々を窓から眺める。1番後ろの席。手を少しのばせば、簡単に窓に届く。
「...だから名簿番号11番の湊斗〜」
まずい。学窓から語りかける自然に気を取られて、先生からの呼びかけに気づかなかったみたいだ。仕方ない、隣の人に聞こう、、。あ、今日は彼女は休みか。
「すみません、聞いてなかったです」
また、先生から怒られる。
「お前はいっつもボーっとしてばっかりでやる気が感じられないんだよ、やる気が!」
聴覚に突き刺さってくる、クラスメイトからの冷笑。そんな視線が、僕をターゲットにする。この場から逃げ出したい。そう、強く思った。
終礼のチャイムが鳴ると同時に、僕は学校という名の刑務所から逃げるようにして家へと走る。
「ただいま」
「...」
母は僕の顔も見なくなってしまうほどに冷たくなった。僕を産んだくせに関心がまるでない。そんな母に体を背け、階段を1段飛ばしで駆けのぼると、部屋に籠る。寂寥としたベットに横たわっては、自分の存在意義を考える日々。わずかな僥倖と共に、仕方なく生きる。僕がまだ死んでいないのは、慣れすぎた孤独感にむしろ安心を感じているからなのだろうか__。
いいや、死ぬ勇気がないだけだろう?生きるのは苦痛と言っておいて、死ぬのは怖いとか、、自己中だよな。そんなことは自分でもわかっている。
「ん、、?もう朝、、」
考え疲れて寝てしまった。はっ、学校に行かないと
ふと、スマホに表示された画面に目が行く。
「土曜日?」
意識的に生きるということをしていない僕は、曜日感覚すら狂っていた。今日は学校に行かなくていい、という気楽さと、また考え事をしてしまうという焦燥。
同時に襲ってきたふたつの感情を理解するだけで時間がかかった。出かける金なんてないし、生きる活力もない。惰眠を貪るしかない自分に嫌気がさし、ボロボロの腕にカッターの刃をあてる。刹那的に赤い糸のような筋が浮かび上がった。
「ご飯だから降りてきなさい。」
相変わらず、気味の悪いほど冷徹な声色。部屋のドアを開けると、足元にラップをかけてあるご飯とおかずが置いてあった。おそらく昨日の分だろう。いくら冷たくても、ご飯は毎日作ってくれる。捲っていた袖を下ろし、無表情な母が待つ1階へ降りる。静寂が守られる中、腰をかけたイスの音がガタン、と響いた。
「いただきます。」
目下にある柄のついていない箸で、少しの緊張感と共に白米を口へ運ぶ。食べ慣れた味だが、安心感など覚えなかった。軽い食事を終え、いつものように錠剤を嚥下して部屋に戻る。時計を確認すると、針は長短どちらも10を指している。久しぶりの休日なのに、時間の進みがまるで遅い。学校に行って、学校のために休んで...これを休日と言っていいのだろうか。ベットの上に寝転ぶと、自然と目を閉じていた。このまま永遠の眠りにつけるように、と祈りながら。
「ここは...?」
僕は驚いた。眼前に壮大な星空が広がっていること。そして、向こうから裸足の少女が走ってきていること。華奢な体をした、髪の長い少女が。
小さく息を切らしながら僕の元にやってきた。
「私、美咲って言うの。君は?」
そう手を取られた瞬間、冷たいものが頬を伝っていくのがわかった__
日常という貴方。 塩酸 @shiromizakana3333
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