深海の瞳の男

2121

とある僻地のレストランにて -before epilogue-

「それであなたはずっとその味を求め続けてると言うんですか?」

「ええ、あの味が忘れられないのです。僕の人生を変えた味ですから」

 長く話していたためか男の声は掠れていた。俺はホールの店員を呼んで水差しを受け取り、男のコップへ水を注ぐ。

 ありがとうございます、と男は丁寧に言い水に口を付ける。所作が綺麗なのは、元々の家柄のせいなのだろうか。

 一息ついてゆったりとこちらへと目を合わせた男の瞳は、青だ。清く澄んだ、深い深い海の色。

 俺はこの瞳の色を知っている。男から聞いた話は断片的ではあったが、この瞳の色と俺がこの店のコックという職業柄ゆえに男が知り得ない事の顛末まで想像することは容易だった。

「あれは何の味だったのだろう」

 男は足を組み直しながらため息のように呟いた。

 俺は今しがたこの客の男から聞いた話を反芻する。

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