彗星林檎の密室

夜乃 凛

短編 彗星林檎の密室

 とある喫茶店にて。喫茶店の雰囲気は暗めで、赤いソファがいくつか。テーブルは茶色い。入口右手にカウンターがある。客はまばらで、カウンターで食器を洗っている、千乃時加羅(せんのじ から)という人物がいた。頭はボサボサだが、白いジャケットはピシっとしている。下に来ている黒シャツも品がある。

 その加羅に話しかけているのが、全身白いパーカー、蒼髪の傘吹雪刀利。(かさふぶき とうり)。驚くほど色白である。


「あのー、加羅さん。ちょっと相談なんですけど」


「雑務なら他を当たれ」


「雑務じゃないんです!えっとですね、彗星林檎の謎に関して、質問があるんです。ヒントが欲しいというか」


「彗星林檎?」


「そうです。その名前。とある哲学者が亡くなったそうです。その人物の遺書に、興味深い事が書かれていたとかで。私もその謎を聞いたわけですよ」


「内容」


「はい。まず、七つの密室があります。それらの部屋は隣接しています。部屋の間は、5センチのコンクリートの壁。外から扉は開けられますけどね。えっと、それで……彗星林檎と言われる林檎が、どこかの部屋に入ってるらしいんです。七つの部屋のうち、一つだけ。部屋の中に綺麗な林檎が入っている光景を、一回扉を開けて見渡すだけで、100%当てろと言うんです。扉を開けるまでの行動は、我々の自由だそうです。部屋には扉が一個ついているだけです。施錠されていて、覗き窓もありません。というか、覗く所がありません。密室だそうです。中を見ることが出来ないのだから、林檎を特定するのは不可能じゃないですか?」


「ふむ。なかなか興味深いじゃないか。……少なくとも、建物なわけだな。では、部屋の建築者が、そもそも林檎の位置を知っているというのは?」


「それは私も考えました。ただ、彗星林檎は移動が出来るみたいなんです。瞬間移動ですね。だから、七つの部屋をビュンビュン飛び回っているんです。ただ、瞬間移動出来るのは、その七つの部屋だけだそうです」


「それは早く言ってほしいな。ところで、コーヒー飲むか?」


「真面目に考えてます?」


「基本的にはな」


 加羅はコーヒーを注いだ。加羅と刀利の分。

 それを受け取りながら、刀利が話す。


「実は、他にも可能性を思いついたんです。一個、扉を開けたとします。そこに林檎があるかはわかりません。扉を開ける権利は使い切りですね。これで、しばらく待つんですよ。そうしたら、彗星林檎が瞬間移動して、部屋に飛んできてくれるんじゃないかって。つまり、正解は待つ。どうですか?」


 刀利はコーヒーを飲んだ。加羅は考え込んでいる。


「『一回扉を開けて見渡すだけ』なのだから、待つという行為そのものがアウトだな。運よく林檎が入っていたとしても、それは偶然のギャンブル。正解には近いかもしれないが」


 加羅もコーヒーを飲んでいる。喫茶店の大切な味。


「うーん。遠くから赤外線……ダメか。瞬間移動されちゃうんだから」


「まあ、頭を使って考えるんだな」


「え?余裕ですけど、もうわかったとか?」


「まあな」


「うっそぉ!!」


 刀利は跳ねた。白いパーカーのせいで、まるで兎である。

 彼女は考える。加羅に近づきたい。大好きな加羅に。


「考えます。……これは、どうですか?部屋の壁を、そもそも破壊してしまう。そうすると、どうなるか。全ての部屋が隣接していることになります。扉を開けるまでの行動は、我々の自由なのですから。そして、普通に扉を一個開けます。そうすれば、七つの部屋全体を見渡せるのですから、林檎は発見出来ることになります。これだ!!」


「まあ、筋は通っているな。しかし、『部屋の中に綺麗な林檎』なのだから、壁を壊している最中に、林檎に傷がつく可能性がある。100%安全じゃない。それに、そこまで破壊された部屋を、部屋と呼べるだろうか。廃材じゃないか」


「では、どうすればいいのですか?」


「これを上げよう」


 加羅は、彼の後ろの茶色い棚から、林檎を取り出した。

 刀利は首を傾げている。何かのヒントか?


「これは?」


「林檎」


「見りゃわかります!!」


「それを持って部屋に入ればいい。自分の手にしている綺麗な林檎の風景を見て、無事に解決だな。そもそも、瞬間移動する彗星林檎という題目そのものが、中に林檎があると思わせるフェイクなんだ。部屋の中。そこに注意を惹きつける為のな。実際は、外側に目を向けなければならないということ」


「……参りました。おかわりください」


「料金は払えよ」


 こうして、彗星林檎の謎は解けたのであった。刀利は結局コーヒーを三杯飲んだ。

 謎も、コーヒーも、美味しいな。

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彗星林檎の密室 夜乃 凛 @tina_redeyes

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