第4話
マギ・アル・アディナ王国。それは大陸の西の片隅にある小国だった。大陸の中でも最古の歴史を誇るこの国には魔力の源があるとされ、ここに生をうけるものは皆、生まれながらにして魔法の素質があった。
そして、不思議なことに、このマギ・アル・アディナには、女しか生まれなかった。
だからこそ、この国はこう呼ばれていた。
魔女の国と。
うなだれたまま城に戻ったアレクは、自室でウサギと自分の手当をしていた。そこにミリアムが部屋に入ってきた。
「あの…女王陛下がお呼びですわ」
「母上が? なんだろう」
この国の王は代々女性であり、現在その冠をいただくのは、アレクの母、アリアドナ。
そのマギ・アル・アディナ王国において、アレクは初めて生まれた男児だった。
アレクは、女王の執務室の前に立つと、重々しい扉をノックした。
「入るがよい」
奥から聞こえる母の声は、女王らしく威厳に満ちていた。
執務室に入ったアレクは、礼儀にならって片膝をついた。
「母上、お呼びにより参上いたしました」
「女王陛下とお呼び」
「…陛下、ぼくに何かお話でも? しかも、姉上までいらっしゃるなんて」
思わせぶりな姉の言葉を手で遮ったのは女王であるアリアドナだった。
「アレク…そなた、森でゴブリンに襲われたのか?」
無言でうつむいたままの息子の姿を肯定と受け取ったアリアドナは、深いため息とともに頭を振った。
「情けなや。ゴブリンごときに遅れをとるなど…」
母の悩みはアレク自身の悩みでもあった。
魔女の国であるマギ・アル・アディナで魔力を持たない者はいないのだ。アレク以外には。
今年でアレクは十五になったが、まったく魔力を操ることはできなかった。
アレクは魔女の国で唯一生まれた男児。そして、唯一、魔力を持たない者。
アリアドナは手元の扇をパチリと閉じると、アレクに向かって言った。
「さきほど、おまえを助けたという騎士が挨拶に参った」
「あいつ、本当に城に来たのか…」
心の中で言ったつもりだったが、その言葉は口から洩れていた。それを聞き逃す姉ではなかった。
「自分を助けてくれた者に、なんという物言いをするの?」
確かに王族としてあるまじき発言ではある。
「申し訳ありません」
素直に謝ったアレクの言葉にうなずいた女王は、そのまま話を続けた。
「わかれば良い。その者が褒美におまえを欲しいと」
「は?」
アレクはわけがわからず、素っ頓狂な声で答えた。
母親のとなりで姉で世継ぎの王女であるデルフィーナがにっこりと極上の笑顔をみせた。姉がこういう笑い方をする時は、たいていろくでもない話が続くのだ。
「あなたを嫁にしたいそうよ」
「あの、ぼく、男ですけど?」
「ここは魔法の国。性別などわらわの魔法でどうとでもなる。あのリカルドという騎士、エル・エクリクスの第二王子だそうだ。ちょうど良い縁談ではないか」
エル・エクリクス国は、マギ・アル・アディナ王国の西北に位置する大国だ。
魔法以外の武力を持たないマギ・アル・アディナ王国が婚姻による同盟を望むには、またとない相手といえる。
ただし、それは、アレクが女だった場合の話だ。
デルフィーナは、女王の言葉に続けて言った。
「この国は、わたしが継ぐんだし、いっそ、お嫁に行ったほうがいいんじゃないかって、母上が」
「い、嫌です…」
アレクは小さな声でそう言った。
これまで、どうして男の子なんだと言われ続けてきた。
実際、城の外には、女王に二人目の子どもがいることも、その子どもが男の子であることも内密にされている。
国内の混乱を避けるために、隠されつづけてきたのだ。
いまさら女になれなんて、勝手すぎる。
ただ、隣国との同盟のためだけに、母親の魔力で女になって嫁に行かされる。
なら、どうして、男の子として十五年の月日を生きなくちゃならなかったのか。なぜ母は、アレクが生まれ落ちたその時に女になる魔法をかけなかったのか。それが悔しくて、震えていた。
「何? 聞こえないわよ」
それを茶化すかのような姉の言葉に、さらに腹が立った。
「嫌だーーーーっ!!!!!」
「あい、わかった」
「へ?」
「あの男では嫌なのだな。なら、盛大に舞踏会でも開いてやろう。その中から選ぶがよい」
女王アリアドナは斜め上の答えを返した。
「ち、違います! そういう意味じゃなくて」
「ばかねぇ…」
デルフィーナは、みすみす罠にはまりに行った弟に生温かいまなざしを向けていた。
「ははうえ~~~~」
「女王陛下とお呼び!」
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