第1話

 異世界に来たその日から獣人美女リーナとの奇妙な生活を始めることになった。


「神崎翔太って名前です」


 自己紹介をするとリーナという名前である事を教えてくれた。人間とは伝説上の生き物である事。リーナ自身は生まれてから一度も見た事がない事。神の使いとして崇められている事などを村に着くまでの道中説明をしてくれた。

 分かってはいたけど、間違いなく住んでいた世界とは違う異世界なんだって改めて認識したしだいだ。


「拾ってきた」


 村に着くとリーナが連れている俺の事が珍しいのか、ワラワラと村人たちが集まってきた時にリーナが放った一言である。

 村長と呼ばれている毛並みが白っぽい大型犬のような獣人だ。多分性別は男?雄?何だと思う。


「人間が村に来てくれるなんて縁起がいい」


 しゃがれた声でニコニコとしていて、どうやら俺の事を受け入れてくれるようだ。


「私が見つけたんだから私と一緒に住めばいい」


 他の村人も温かく向かい入れてくれるようで、ほぼ全員からうちに来いと誘われたのだが、リーナのその一言で皆んな納得したのか「困った事あればすぐに言えよ」と誰かが言ったのがきっかけで解散となったようだ。


 暦的なものがない世界なのか定かではないが、この村に来てから半年くらいは経ったと思う。

 獣人美女との共同生活は、何かと世話を焼いてくれるリーナのお陰で何一つ不自由がない。

 食べ物に関しても味は単調だが、キャットフードやドッグフードのようなものが出てくるわけでもなく、日本で暮らしていた頃とそこまで変わらない事にホッとしたくらいだ。

 リーナは言葉こそツンツンしているが、ふとした瞬間に見せる優しさがたまらなく可愛い。


 獣人達特有のスキンシップなのか、眠る前などやたらと体をすりよせてくる。最初のうちはドキドキしていたが、慣れてくると人慣れしている猫のようでとても愛らしい。

 毛繕いをするかのように体をすり寄せてくるのを放っておくと色々な箇所が当たり出して困ってしまう。

 この世界の言葉は最初から理解できたのだが、文字が全く読めない。

 その為、夜眠る前に幼い子が使っている教科書のようなものを借りて文字の勉強をするのが日課っとなっている。

 リーナがそばに来て教えてくれるのだが、気がつくと体をすり寄せてくるのだ。

 

「ちょ、ちょっと近いって!」


「教えてやってるんだ。細かいことは気にするな」


 ゴロゴロと喉が鳴ることはないがトロンとした目でスリスリされる。

 猫系でも犬のように尻尾を振っているときは喜んでるのだとリーナを見て最近知ったのだが、尻尾が俺の膝に無防備に触れている時はふわふわで柔らかいその感触に、俺の理性が危険信号を発していた。


「リーナ、その尻尾……もうちょっと気をつけてくれないかな」


「え? 何言ってんの? 普通にしてるだけだけど」


 普通にしてるだけでこの破壊力かよ…


「……いや、やっぱ気にする方がおかしいのか?」


「もしかして、尻尾フェチなの?」


「違う違う!」


「ふーん……でも、そんなに気になるなら触ってもいいわよ?」


「いやいやいや、触りたいけど触るとか絶対無理だって!」


リーナはいたずらっぽく笑いながら、尻尾をわざと俺の腕に巻き付けてきた。


「うわっ!?」


ふわふわの感触がさらに強くなる。なんだこれ……気持ち良すぎる。


「どう? 気に入った?」


「……気持ちいい」


「そうでしょ?素直が一番よ」


リーナは楽しそうに笑いながら、さらに尻尾を揺らす。


「人間って初めてあったけど皆んなこうなの?毛繕いなんて普通なのに」


 どの獣人もそうなのだが、毛に覆われている分着ている服の面積が少ない。体から生えている尻尾だってある意味裸の状態。触れと言われても躊躇してしまうのは致し方ないと思うのは俺だけなのか?


 そんな日々が続いていたある日、俺はリーナと市場に買い物に出かけた。


「今日はお祭りだから、賑やかね」


「確かに。この世界のお祭りって初めてだけどワクワクするな」


「それじゃあ、少し回ってみましょうか」


リーナが手を引いて歩き出す。尻尾がふわりと揺れ、俺の視界に入る。


「……なぁ、リーナ」


「なに?」


「その尻尾、もう少し気をつけられないの?」


「え? また気になるの? 本当に尻尾フェチなんじゃないの?」


「違うってば!」


だが、リーナは楽しそうに笑っている。


「まあ、あんたが気にしてるのを見るのも悪くないわね」


「なんだよ、それ」


「ほら、もっと楽しみましょう。せっかくのお祭りなんだから」


 リーナは俺の手をぎゅっと握り直し、笑顔を見せた。


 その笑顔に、俺の胸がドキドキする。


 尻尾が邪魔? 邪魔なもんか。目の前でゆらゆら揺れているフワフワのリーナの尻尾はとても綺麗でどこにいる時も触りたくなってしまい、理性が保てないだけだ。


 異世界で獣人美女と過ごす日々は、思った以上に甘くて刺激的で己の理性と毎日奮闘している。

 普段はそっけない態度で私は飼い主なんだくらいの気持ちかもしれないリーナなのに、夜になると擦り寄って来ては密着してくる。

 こちらから彼女の体に触れたことは一度もない。

 動物好きとしては頭だって撫でたいし、喉だってゴロゴロさせてみたいし、何よりあのフワフワの尻尾をムニムニと触りたい。


 異世界で獣人美女とこれからラブコメしようと思っても、あの魅力的な尻尾が目に入ってしまうとTLのようなちょっと過激な物語になってしまう気がする。

 ティーンでもなければ人間でもない彼女とはJLとでも呼ぶべきなのか?


 リーナのフワフワの尻尾がある限り、俺にはラブコメは難しいのかもしれない…


 

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