異世界で獣人美女とラブコメするには尻尾が邪魔だと始めた知った
永谷園
プロローグ
毎日のように仕事を辞めたいと思っていた。
休みは無いに等しく、会社の規定の休日である土曜日は終わらなかった書類整理。日曜も客先からの電話で対応に追われ気がつくと1日が終わってることが毎週のように何年も続いている。
栄養ドリンクの飲み過ぎで食欲もなく、終わらない仕事に睡眠時間を削り、病院では過労で死ぬとまで言われてしまった。
紹介された心療内科で処方された薬を栄養ドリンクで流し込む日々は流石に自身も危険を感じていたが、こちらの行動に客が喜んでくれる度に喜びを感じてしまい、仕事自体は嫌っていない事も相まって未だに辞めることが出来ていなかった。
その日は朝から体調がおかしい事には気づいていた。
けれど休むという選択肢が無いのが社畜の辛いところ。
フラフラとしながらもなんとか電車に乗り、会社に到着するというのが毎日のルーティンでもある。
エントラスの扉を開け、いつも優しい笑顔で挨拶してくれる受付の女性に挨拶したことまでは覚えている。
悲鳴のような声。誰かが俺を支えている感覚。遠くなる意識。13時にアポを取っていたのに行けないかもな…
仕事は無理だな…
少しだけホッとしている自分もいる。
遠くなる意識。
俺はこのまま死ぬのだろうか……
可愛いと思っていた受付嬢とまともな会話もした事がないけれど、多分死ぬのだろう。
煩わしい人間関係も気にする必要がない
もし次に生まれ変われるのだとしたら……
営業ノルマも対人関係もない犬や猫、動物の世界で暮らしたいな……
その思いを最後に意識がなくなった。
眩しい。
会社で倒れてからどれくらい経ったのだろうか。
眩しい光が収まった先で、俺は広大な草原に寝転がっていて、薄目で見える範囲には見渡す限りの青い空と柔らかな風に揺れる草原が広がっている。
「夢……じゃないよな」
上半身を起こし、しばし呆然としてしまうのは仕方がないことだと思う。
着ている服装は…スーツのまま。
この日朝からの鈍痛の頭の痛みも今はないし、軽く動かしてみた身体にも異常は感じられなかった。むしろ頗る調子が良い。
立ち上がるとより遠くまでの景色が目に飛び込んでくる。
「天国?様子からして地獄とは思えないけど…」
声に出してみたが誰からの返答もない。
「貴様は死んだ!」とかのよくある神様からの報告もない。
確認するためにぐるりとその場で360度周囲を見回してみると、遠くの方に家々の集まっている街なのか村なのか集落のようなものが見える。
そこに向かうか思案中、俺の耳に草むらを踏み分ける音が近づいてきた。振り向く。
「人間か?」
金色の髪が風に揺れている。頭の上にある猫のような耳はピンと尖り、よく見ると腰の下辺りからはふわりとした尻尾が揺れていた。
コスプレ?
「……人間ではないのか? なんで黙ってるんだ?」
「い、いや、俺は人間だけど、その……キミ、耳と尻尾が……」
「むしろ何もないお前の方が私からしたら奇妙な出立だと思っているけどな」
苦笑しながらそう言う彼女を上から下までじーっと見る。
獣人?コスプレで無いのだとしたら獣人ってやつなのか?しかも物凄く美人だ。
「なんか照れるからあまりジロジロと見るな」
彼女は耳を伏せて頬を染める。動揺する様子が何とも可愛らしい。
「ま、まあいい。とりあえずここは危ない場所だから村に案内する」
彼女の提案。不安ではあったが、今の俺にはそれ以外の選択肢がないように思う。
「助かるよ」
天国でも地獄でない。日本でも地球でも無いのだと思う。
異世界転生なのだとしたら、俺はどうやって生きていけばいいのだろうか。ここにくる前に神様から特殊能力も武器や防具も道具も何一つ貰っていない。
日本で25年間生きてきて、これといった特技も能力もなく平凡な人生だった。
それ以外は選べないような分岐点に美人な獣人の言葉に返答してついていく事が決まったけど、人間が珍しいって言っていたから奴隷のように扱われるかもしれない。
しばし考える。
痛いのは嫌だな…
ま、それ以外は…
日本の社会での立ち位置も奴隷だったからそこまで気にする必要がないか。
今は唯一の未来。獣神美女に着いて行くって選択肢が間違っていない事だけを祈ろう。
こうして俺の異世界ライフが始まった。
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