第2話 ChatOPTデバイスで学ぶ蜘蛛糸の製造法
「どうか驚かないでほしい。ランドセルを背負った小学生が“革命”などと口にした時点で、この世界の誰もが戸惑ったのだから。それに、この少年――平旦 乱世(へいたん・らんせい)――は転移者として現れたばかりなのに、なぜか信じられないほど多彩な知識を持っている。もっとも、それがただの“口先だけ”だったら、ここまで大きな動きにはならなかったかもしれない。けれど彼が所持する不思議なデバイス、すなわち**ChatOPT**によって導き出される斬新な発想や、魔術・錬金術とも異なる学術的なアプローチは、多くの人を魅了し、あるいは困惑させ、そして時に危機にさらすことになっていく。
この物語の初期段階で特に注目を浴びたのが、“クモの巣を利用した糸”の大量生産である。『クモ糸を紡いでどうするんだ?』という声が大半だった当初、まさかこれが後に革命軍の装備や資金源として、一大プロジェクトになるとは、誰も想像していなかったはずだ。いったいどうやって、ランドセル姿の少年とその仲間たちは、クモを飼育し、その糸を実用レベルにまで引き上げたのか。そしてそこにはどんなトラブルがあったのか。これが今回の外伝のテーマである。
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### (A)Spider Farming 101 ――タランチューノ・Q型との格闘
「そもそも、クモなんて飼育できるのか?」
最初にそう首をかしげたのは、エンジゾル・コミー・クリムゾンだった。もともと没落貴族でありながら柔軟な発想を持つ彼は、乱世から“クモ糸事業”の話を聞いたとき、興味は示したものの、実現可能性に関しては半信半疑だったのである。
しかし、革命軍の資金難を解消したい、あるいは新しい産業を興して領地の人々を救いたいという思いが重なり、試しにやってみようという話になった。こうして、エンジゾル領内に仮設の飼育棟が作られることになる。
**飼育棟の光景**
最初に用意されたのは、木材を組み合わせた簡易的なケージや仕切り、さらに魔術式の冷暖房装置が備えられた一角だった。大量のクモを集めるにあたって、誰が世話をするかという問題も浮上したが、ひとまず農民の青年やメイドとして雇われた女性たちが、躊躇しつつも協力してくれることになった。
ところが、使われるクモは大型種で、しかも種名は**タランチューノ・Q型**。色合いや動きがタランチュラに酷似しているが、魔力環境下で進化した亜種らしく、普通の毒グモよりさらに警戒が必要という噂もある。誰もが最初は「やっぱり危険では?」と怯え、内心では嫌悪感もぬぐえなかった。
**ChatOPTに聞いてみる**
困り果てたエンジゾルやドゥッガーニが見守る中、乱世がChatOPTを起動し、いくつか具体的な質問を入力する。「タランチューノ・Q型 飼育方法」「餌の選定」「巣の張り方を活かした糸の採集タイミング」等々。すると、ChatOPTは落ち着いた文体で「気温と湿度を安定させること」「クモ同士の共食いを防ぐための区画管理」「餌となる小昆虫や、場合によっては家畜の副産物の有効活用」などを次々に提案してくれる。
一見すると、抽象的な助言も多いのだが、魔術師や在来技術者にはない発想が詰まっている点が特徴だ。たとえば区画仕切り一つとっても、木製の単純な仕切りではなく、クモが嫌がる匂いを放つハーブを周縁に植え込み、外へ逃げ出さないようにする――といった工夫が提示される。ドゥッガーニは「細けぇなあ」と毒づきながらも、仲間たちと一緒に作業を始めるしかない。
**最初の大混乱――クモ脱走事件**
飼育棟が完成して数日後、早速タランチューノを入れてみると、夜中にケージをこじ開けて何匹か逃げ出すという大騒ぎが起こった。どうやら仕切りの一部が不十分で、クモが器用に隙間を抜けてしまったらしい。農民の青年は悲鳴を上げ、メイドたちも敷地の外まで捜索に走り回る。ドゥッガーニは「クモなんか捨てちまえ!」と怒りを露わにするが、乱世はそう簡単には諦めない。
再度ChatOPTに尋ねると、「集団飼育に向かない個体が混じっている可能性。適切な繁殖ペアの管理と、餌を個別に与えるシステムの再構築が必要です」といった答えが返ってくる。まるで理屈っぽい教師に説教されている気分だが、やるしかない。乱世はドゥッガーニやエンジゾルに頭を下げ、もう一度飼育環境を作り直してくれと頼むのだった。
**クモは人になつくか?**
その後の試行錯誤で分かったのは、タランチューノ・Q型はやや攻撃性が強いものの、一定の飼育期間を経ると飼育員になじみ、攻撃的な挙動を減らす個体が出てくるということ。農民の青年は恐る恐る手を伸ばしながら、徐々に慣れていき、「あれ、意外と大人しい時もあるんだな」と感心する。
もっとも、誰が見ても可愛らしいとは言い難い風貌なので、生理的嫌悪が完全に消えるわけではない。メイドの一人は「何度見ても鳥肌が立つわ」と嘆きつつ、作業上やむを得ず近寄っては、心を無にしてクモの世話をしているらしい。
**餌代問題と副産物の売買**
タランチューノが増えるにつれ、餌代もバカにならなくなってきた。彼らは雑食性とはいえ、ある程度高タンパクな昆虫や、時には小動物の死骸を与えないとしっかり糸を生成しないらしい。そこでエンジゾルは、領地内で余っていた鶏の内臓や魚のアラを再利用し、さらにそれらを発酵させて飼料化する簡易施設を作る。すると、それが妙に好評で、クモの成長と糸の質が少しずつ安定してきた。
一方で、飼料化の工程で出た廃液を、魔術師が変質させることで肥料に転用する試みも始まる。思わぬところから副産物が生まれ、地域の農業と互恵関係を築きつつあった。この段階になって初めて、「意外とクモ飼育は悪い話じゃないかもしれない」と領民たちも前向きになってくる。
**いよいよ糸の採取へ**
クモを飼育し始めて数週間後、乱世とエンジゾルは慎重に時期を見計らい、糸の採取を行うことにする。ChatOPTにはあらかじめ「クモが巣を張る頻度と品質の高い時期」を尋ねてあり、“産卵前のメスが最も良質な糸を生成する”という回答を得ていた。
実際に採ってみると、まだ安定した強度を出せるわけではないが、複数の糸束を束ねて試しに引っ張ってみると、なかなか切れない。伸縮性も合成繊維のように優れているわけではないが、普通の綿や麻よりは頑丈そうだ。エンジゾルは目を見張り、「これはけっこういけるかもしれないぞ」と嬉しそうに呟く。ドゥッガーニも不承不承ながら、「まあ、殴り合いに使うわけじゃないしな」と認めるしかなかった。
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### (B)蚕 vs タランチューノ ――利権争いの火種
一方、近隣の街には絹産業で栄えている地域があり、彼らからすると「クモ糸なんて聞いたこともない。絹と並べるな」と強く反発する勢力が現れる。とくに大商人や一部の貴族は、自分たちの権益を脅かすものとして警戒し、革命軍との協力を躊躇するようになる。
**蚕の優位性**
古くからこの世界でも、蚕を飼育して絹を生産する技術は確立されていた。魔術的な温度管理や防虫の呪文などを併用しているため、品質も高く、大量生産もそこそこ可能。さらに、絹の美しさは上流階級の服飾や祭具に欠かせないという文化的背景がある。
そこへ突如としてクモ糸が登場し、“強度が高い”だの“用途によっては絹より優れている”だのと評判が立てば、既得権益が脅かされると感じるのも無理はない。地元の名士や商人たちは、エンジゾル領に視察団を送りこみ、実情を探ろうとする。
**共存か、競合か**
視察にやってきた商人や研究者は、実物のクモ糸を見て、「確かに頑丈そうだが、絹ほどの光沢や肌触りはないな」という指摘をする。そこで革命軍のビジネス担当的役割を担っているオーギャストは、「差別化すればいいのではないか」と提案。服飾に絹が必要なら、あえてクモ糸は鎧下のインナー素材や、テントなどの耐久素材として打ち出すのが得策ではないかと説く。
しかし、商人たちも一枚岩ではなく、「いっそクモ糸を徹底的につぶしてしまった方が得だ」と考える強硬派が出てきても不思議ではない状況だった。オーギャストは内心穏やかではなく、革命軍内部でも「もめごとが起きそうならやめたほうがいいのでは」という声が上がる。そんなとき、乱世はChatOPTを開いて「クモ糸と絹をどうやって両立させればいいの?」と尋ねてみる。
だが、ChatOPTの答えは「互いの特性を尊重し、使い分ける協力関係を築くことが望ましいでしょう。共同の研究チームを作るなどの方法を検討してください」といった、なんとも抽象的なものにとどまる。結局のところ、実際の交渉は人同士で解決しなければならないのだ。技術や情報があっても、利害や感情までコントロールできるわけではない――という現実を思い知らされる場面でもある。
**利権争いが革命軍を巻き込む**
クモ糸の将来性を評価する人々と、伝統ある絹産業の利権を守ろうとする人々の対立は、じわじわと地方都市全体に波及していく。そうした中で、「革命軍は新しい産業を広めて国を変えようとしている」と好意的に見る声もあれば、「勝手に領地で実験して混乱を招いている」と非難する声もある。
この過程で、奴隷解放を掲げる革命軍の動きがさらに目立ち、保守的な貴族たちからすれば「これだから革命軍は厄介だ」と嫌がられる。クモ糸は単なる産業材料にとどまらず、思想の対立までもあぶり出してしまうトリガーになりつつあったのである。
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### (C)革命軍 vs 教皇の狙い ――クモ糸を巡る陰謀
この一件がさらにややこしくなるのは、妖精教皇バンシーや枢機卿リシュリューの存在だ。彼らは洗脳装置タッチベルを用いて徐々に国の支配を広げる計画を進めており、革命軍が新たな資金源や物資供給ルートを得ることをよしとしない。
**教皇が目をつける理由**
妖精教皇バンシーは、見た目こそ幼い少女のようだが、その背後で動く枢機卿リシュリューを含めた教会勢力は強大な権力を持つ。彼らは“国が乱れる”ことを恐れるという建前で、実際には新しい利権を求めて動き回っている節がある。
クモ糸がもし本当に実用化され、しかも巨大な利潤を生むようになれば、当然教会は税や献金などの形で恩恵を得たいはずだ。一方、革命軍がその利益を独占すれば、枢機卿に対抗できるだけの経済力や政治力を持ちかねない。それは枢機卿サイドにとって好ましくない展開だ。
そこで教皇や枢機卿の部下たちは「クモ糸事業は神聖なる布の再来」と謳い、民衆に対して「聖堂に献納すべきだ」などと宣伝を始める。さらには、一部の洗脳兵を潜り込ませ、エンジゾル領やその周辺を探らせる動きも見られるのだ。
**工場への嫌がらせと対峙**
エンジゾル領では、クモ糸を集めやすくするための新工場――といってもまだ規模は小さいが、そこが本格稼働し始めた矢先、夜間に不審者が侵入したり、飼育棟に放火されかける事件が起こる。調べてみると、どうやら枢機卿派の手の者が裏で糸を引いているらしい。
乱世やドゥッガーニは急いで工場と飼育棟の警護を強化し、メイドや農民たちにも注意を呼びかける。しかし、タッチベルによる洗脳が広がりつつある状況では、いつ仲間が裏切り者に変わってしまうか分からない。オーギャストはChatOPTと協力して警戒システムを整えようとするが、「洗脳を解く方法」などは得られず、あくまで一般的な警備対策にとどまらざるを得ない。
現場では、夜明け前の飼育棟でドゥッガーニと数人の戦士が張り込んで不審者を取り押さえたり、エンジゾルが領内の商人と協力して密偵情報を交換したりと、緊張感が漂う。こうした小競り合いの連続が、革命軍と教会勢力の間にさらなる敵対感情を生み、結果的に本格的な衝突へ近づいていくのである。
**洗脳とクモ糸の関係は?**
直接的にはクモ糸と洗脳装置タッチベルに何の関連もないはずだが、枢機卿が「革命軍の資金源や装備開発力が増すのを避けたい」という思惑から妨害工作を仕掛けていることは明白だ。さらに教皇バンシー自身にも何らかの狙いがありそうだが、今のところ明確には分からない。
乱世はChatOPTに「もし洗脳を受けた人がクモ糸製のマントを着ていたら、何か影響があるのかな?」と冗談半分で問うが、当然ながら「直接的な関係は不明です。洗脳は精神への干渉であり、織物が干渉を防ぐとは限りません」と返されるだけだった。つまり、クモ糸がいくら強靭であっても、人の心を縛るタッチベルの魔力までは防ぎようがない。そこに乱世は、ある種の無力感を覚えつつも、だからこそ“人々を洗脳から解放する革命”の必要性を再認識するのだ。
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### 終幕への布石――蜘蛛糸と革命の未来
クモの飼育が軌道に乗り、試作品の糸が徐々に市場に出回り始めると、エンジゾル領は目に見えて活気づいてくる。これまで不安定だった家計が潤い始める農民や、クモ糸専門の職を得るメイドたちも出てきた。革命軍にとっては、軍資金を増やす大きな一歩でもある。
しかし、同時に不穏な影がちらつくのも事実だ。蚕業者との軋轢、洗脳が拡大する恐れ、教皇や枢機卿の策略――様々な火種がくすぶっており、クモ糸が大きな“資源”として注目されればされるほど、利権をめぐる争いが激しくなる。仮に革命軍がこの事業で成功を収めたなら、枢機卿たちが黙っているはずもないだろう。
そんな中、ドゥッガーニは「クモ糸でできた軽鎧を試してみるか」と言い始める。斥候や軽装兵にとっては、強度と軽さを兼ね備えた素材は大いに助けになるはず。ジャンヌやアルティも興味津々で、「もしかしたら、私たちの火刑トラウマを和らげる防具になるかもしれない」と微妙にズレた感想を抱いている。
エンジゾルは領地経営の成功例として、さらに大規模な飼育場を建設する構想を練っている。オーギャストは「事業が拡大するほど狙われる危険も増しますよ」と警鐘を鳴らし、乱世はChatOPTに新たな疑問を投げかける。
**「もし、この蜘蛛糸が国の経済を変えるほど大きな力になったら、争いは絶えなくなってしまうの?」**
画面には、どこか含みのある回答が表示された。
**ChatOPT:「資源にまつわる争いは人々を分断することが多いですが、新たな秩序と発展を促すこともあります。最善の道を模索し、協力しあうことが大切です」**
乱世は苦笑しながらも、「やっぱり抽象的だな……でも、何もしないよりはいい」と自分に言い聞かせる。周りを見渡せば、エンジゾルやジャンヌ、ドゥッガーニ、オーギャスト――そしてクモたちの世話を嫌々ながらも続けてきた農民やメイドたちがいる。彼らが力を合わせれば、細く脆いクモの糸が束になって驚くほどの強さを生むように、この国を根底から変えていけるかもしれない。
もちろん、それはあくまで可能性にすぎない。枢機卿の陰謀は止まる気配を見せず、洗脳の手は少しずつ国中に伸びている。クモ糸の成功が、いずれ大きな争いを招く燃料になることもあり得るだろう。だが、乱世と革命軍にとっては、ここで踏みとどまるわけにはいかない。彼らは今日もクモの飼育棟を巡回しながら、蜘蛛糸の可能性を信じて、新たな世界を築き上げる足がかりを探し続ける。
そうして迎える次なる展開の予感は、すでに国のあちこちで噂され始めていた。クモ糸に興味を持つ者、警戒する者、利用しようとする者――立場は違えど、みな一様に目を光らせている。タランチューノ・Q型から紡がれる蜘蛛糸は、はたして革命の糸口となるのか、それともさらなる混乱を引き起こす厄介な代物になるのか。
その答えは、まだ誰にも分からない。乱世はランドセルを背負いなおし、背筋を伸ばしてChatOPTを握りしめる。小学生にして革命軍のリーダーとして走り始めた彼の足取りは、この先ますます荒れた道を進むことになるだろう。クモにかき乱される領地の混乱や、洗脳に染まっていく国の闇……それらすべてを解きほぐすためには、クモ糸より細く険しい繊維をしっかりと束ねていくしかないのだから。
(第2話・了)
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