第32話
暗闇の中、
目の前の小さな橋は、すでに異界とは通じていない。
これで一安心だ。
しんと静まりかえる夜の中、乱れた呼吸も落ち着きを取り戻した。
やっぱり空気がよどんでいる気がするけれども。
よどんでいるなりに、少し軽くなったのかな。
ふっと、
怪異の影響で、「この世」と「この世の外」とが近くなっていた。
ゆがんだ空間は風がないものだが、今は心地よい夜風が戻ってきている。
「いったい何者だ?」
静けさを破り、
黒い瞳が、じっと
くせがある男、ちょっと変わりものと聞いていたが、眼差しは影があっても真っ直ぐだ。
彼が目当てで来たのに、こうして見つめられると、ひどく緊張してしまう。
橋姫が消滅したため、あたりの空気は穏やかなものに変わっている。
夜風で乱れた髪を軽くかきあげた
そして一歩、
「わた、いえ、おれは、前
名前はえっと、桜とでも」
誰にも呼ばれることはない本名をもじり
「
申しわけありません」
「……」
ぴくりと、
その傍らでは、もう一人の
しまった。
誤解を招く言い方をしてしまったようだ。
主語が抜けていた。
「あ、
幕っているというのは方便だ。
でも、どういうわけか、頬が熱い。
たぶん、
こうしてあらためて間近で見ると、粗野な荒々しさはあっても、
線が細く、いかにも風雅な
まだ十代だというのに、ある種の風格があった。
強い視線は、なにかを見透かそうとでもしているかのようだ。
そのせいか、妙な焦りというか、心のはやりを感じた。
「念のため申しあげますが、おれは禁色の趣味はないですから、誤解しないでください」
そういう気持ちもあったが、思わず口をついてしまったというほうが正しいのかもしれない。
なんだか、まるで言い訳をしているみたいに。
「
「そうです」
「
それ以来、あなたを慕われています」
嘘も方便、と自分に言い聞かせるように心の中で眩く。
鶴退治の一件で、彼に目をつけたのは嘘じゃないのだが。
「
ああ、やはりそうか」
「どこかで見覚えがあると思った。
やはりおまえはあのときも、不思議な風を起こしていた小童だな。
ちょっとだけ、面食らう。
あの一瞬でよく、
それにしても、彼は不思議なことを言う。
風?
どういう認識なの。
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