第29話


『禁色の恋に生きる公達きんだちに、恋の隠れみのにするための結婚を申しこむとはな……。

 最近の若いものは、なにを考えているんだ』


 馬に姿を変えた布都御魂剣ふつのみたまのつるぎは、呆れたように言う。


「仕方ないじやない。

 緊急事態よ」


 水干すいかんを身にまとい、少年の姿になった香宮たかのみやは、しれっとした表情で言う。


『おまえは、それでいいのか?』


「なかなか骨のある公達きんだちだったわ」


 心当たりの彼を思い浮かべ、香宮たかのみやは言う。


 理由はなんであれ、初めて香宮たかのみやの気を惹いた人であることは間違いない。


「禁色ということは、もしかしたら女嫌いかもしれないけれども、そうじゃなかったら友達にくらいなれるかもしれないし」


『……女心は複雑だな』


「そういうのじゃなくて」


『まあ、いい。

 それで、この間の、あの逢い引きの場所に行けばいいのか?』


「ええ」


 香宮たかのみやは大きく頷いた。


 香宮たかのみやは少年の姿で、夜の都に飛び出している。


 今日は、十種とくさ神宝かんだからを探すためではない。


 左近少将さこんのしょうしょう輝貴てるたかを捜すためだ。


 正確に言うと、彼の逢い引きの現場を押さえるためだ。


 あの橋のあたりで、また忍び会っていてくれるといいけど。


 香宮たかのみやは、七条の橋のたもとに急いでいた。


 本当に進退窮まった香宮たかのみやが思い浮かべたのは、輝貴てるたかの顔だった。


 男の恋人がいるらしい、彼に結婚を申しこむ。


 そうすれば、いわゆる夫婦生活をしなくてもいいのではないだろうか。


 彼にとっても、いつまでも妻がいなければ、世間がうるさくて厄介なことになるはずだ。


 香宮たかのみやが隠れみのになってあげるなら、彼にとっても都合がいいのではないか。


 禁色の恋に生きる男にとって、香宮たかのみやほど都合のいい結婚相手はいないと思う。


 それに彼は、臣籍降下したとはいえ元皇族。


 まだ位階はそれほど高くないけれども、出自は香宮たかのみやと釣りあいがとれている。


 名案っていうか、自棄っぱちかもしれないけど。


 でも、他にどうしようもないもん。


 溺れるものは藁をも掴むのよ。


 思いついたときには名案だったような気がしたが、冷静になってみると、そうでもないような気がしてきた。


 しかし、輝貴てるたかの妻になるという思いつきを実行するのは、結構楽しいことだった。


 これは、挑戦してみる価値がある、というような気がしてきた。


 内大臣うちのおとどを除く、他の文をくれた公達きんだちたちだって、ぴんとこなかった。


 生まれてもいない東宮は、なおさらだ。


 でも、輝貴てるたかは違う。


 彼のなにがそんなに特別なのか、よくわからない。


 でも、鶴に立ち向かった姿をりりしいと思ったし、まるで目が見えていないみたいに太刀を振り回しながらも、それでも絶対に逃げなかったところに、何か感じたものはあったのだ。


 胸がときめいたと言うのは、気恥ずかしいけど。



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