第26話


 明宮あけのみやが素晴らしい美文で嫌みを並べ立て、香宮たかのみやと連名で貴近たかちかに文を送りつけた夜。


 逆襲は、思わぬかたちでやってきた。


「正式な申しこみ?」


 香宮たかのみやは、思わず握りしめていた扇を落としてしまった。


 夜ということもあり、できればあまり明宮あけのみやと近づきたくなかった。


 うちきをきっちり着こんで、脇息きょうそくにもたれかかるように、香宮たかのみやは押しかけてきた明宮あけのみやに会う。


 しかし明宮あけのみやは、いつものように抱きついてきたりしなかった。


 真っ青な表情とうらはらに、明宮あけのみやは怒りに燃えた目をしていたが、完全に頭に血が上っているというわけでもないようだ。


 落ち着いて、きびきびとことの顛末を説明しはじめる。


「今、兵部卿宮ひょうぶきょうのみや内大臣うちのおとどがお話をされています」


 明宮あけのみやの表情は厳しい。


主上おかみのことは説き伏せるので、わたくしと、それから今は客人となっている香宮たかのみやを共に、自分のもとに引き取りたいと」


「じょ、冗談……」


 思わず、声が上擦ってしまう。


 強行突破どころではない。


 完全に勝負を賭けにきている。


「わたくしだって、冗談だと思いたいです」


 明宮あけのみやの表情が険しいのも、内大臣うちのおとどの強襲が予想外すぎたからだろう。


 常識外れにも、ほどがある。


「だいたい、姉妹そろって妻として娶るなんて……。

 どうして、そんな外聞が悪い真似をできるの?

 ありえない」


 脇息きょうそくを掴んで、香宮たかのみやは動揺を抑えようとする。


 貴近たかちかは、正式な結婚の申しこみをしてきている。


 そうなると、答えを出さなくてはいけない。


 文のやりとりもろくにしていない状態で、強引すぎる行為だった。


 兵部卿宮ひょうぶきょうのみやも混乱しているらしい。


「……あ、でも、明宮あけのみやは正妻として申しこまれているのでしょう?」


 ふと、香宮たかのみやは気がっく。


兵部卿宮ひょうぶきょうのみやは悪い話だと思わない可能性も……」


「わたくし、結婚なんてしません」


 明宮あけのみやは、きっぱりと言う。


兵部卿宮ひょうぶきょうのみやも、それはよくご存じです」


「え……」


「だから、わたくしは平気。

 兵部卿宮ひょうぶきょうのみやが、死ぬ気でお断りするでしょうから。

 それよりも、姉宮さまのことが心配です。

 わたくしを諦めさせるかわりに、姉宮さまだけでもなんてことになったら」


「じょ、冗談じゃないわ!

 それは困る。

 すごーく困るの!」


「姉宮さまは、 わたくしがお守りします」


 明宮あけのみやは、きっぱりと言う。


「本当は、わたくしが姉宮さまをお嫁にもらいたいくらいですもの」


「へっ」


 香宮たかのみやは、思わずのけぞりかけた。


「な、何言って……」


「本気ですわ。

 この身が口惜しい」


 明宮あけのみやは大真面目だ。


 香宮たかのみやはすくみ上がる。


 つまりは、彼女も禁色の恋に生きる人ということか。


 最近、流行っているの?


 なんだか、遭遇率が高いんだけど……。


 香宮たかのみやは表情を引きつらせた。


「あ、ありがとう。

 好いてもらえるのは嬉しいけど、でも、わたしたち、姉妹だし……」


「でも、お腹が違いますもの。

 昔なら、結婚できました。

 妹よ兄よと呼びあうことができましたのに……」


 古めかしい夫と妻の表現を引っ張ってきて、明宮あけのみやは嘆息している。


 いやでも、わたしたち女同士だから無理。


 飛鳥の都の時代にだって、そんな話はないわよっ。


 香宮たかのみやは、心の中で反論する。


 しかし明宮あけのみやは自分の世界に入っているようで、滔々とままならない身を嘆いていた。


 どうりでよくしてくれると思ったら……。


 下心か。



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