第25話


 夜が訪れる。


 体の変化で、日が完全に沈んだことを香宮たかのみやは気がついた。


 結局、今日は一日、貴近たかちかへ文の返事をどうするか考えながら終わった。


 なんだか、お気楽な一日だ。


 たまには悪くないけれども。


「ねえ、支石しいし

 こういうのが、余裕ある生活っていうのかしらね」


兵部卿宮ひょうぶきょうのみやさまは裕福ですからねえ」


 また微妙にずれたことを、支石しいしは言いだした。


「宮さま、かもじは外さないほうがいいかもしれませんよ。

 明宮あけのみやさまは、宮さまをお慕いされているご様子ですし、ふいに訪れられることもあるかもしれません」


「そうね。

 注意する」


 本当は、単になるのもまずいかもしれない。


 しかし、眠るときばかりはしかたがないことだ。


 あまりにびくびくしていると、よくないしね。


 気を張りつめた日々を送ることになりそうだが、どうなることやらと香宮たかのみやは思った。


「それにしても、内大臣うちのおとどはなにを考えているのかしら」


 結局、彼の文へは返事をしないままだ。


 香宮たかのみやには、彼をやりこめるような文面や歌が思いつかないし、明宮あけのみやもいろいろ考えこんでいるらしい。


 支石しいしはというと、もっと単純な受け取り方をしていた。


「色好みということでしょう」


「それはもちろんそうなんだろうけど。

 なんだか、腹黒そうな人よね」


「当代一の権勢家ですから、それはもちろん、あれこれとお考えかもしれませんけど」


 支石しいしは、ちょっと考えこみつつ、とんでもないことを言いだした。


「でも、もし宮さまがお嫁に行ける体なら、内大臣うちのおとどさまというのは素晴らしいお相手だと思いますけれど」


「どこが」


 香宮たかのみやは不愉快そうに吐き捨てた。


「わたしはごめんよ。

 いくら権勢家とはいえ、姉と妹を同時に寵愛するような男と結婚するなんて!

 それに、あの人が魅力的だと思っているのは、元斎王いつきのおうという立場でしょう」


 彼の余裕の態度を思いだすと、それだけでいらいらしてくる。


「だいたい、斎王いつきのおう主上おかみの許しなしに結婚できないのよ。

 それなのに、既成事実に持ちこもうなんて、度し難い自信家よ。

 自分は罰せられることがないと、思いこんでいるに違いないわ」


「事実、そうでしょう。

 左大臣ひだりのおとどの嫡男ですしね」


「色ぼけが藤長者とうのちょうじゃを継いだら、没落も早そうだけど」


 香宮たかのみやは、ため息をついた。


内大臣うちのおとどのことはいいわ。

 どうせ、もう無茶はしてこないでしょうから。

 それよりも、せっかく都の中にある三条邸に来たのだし、十種とくさ神宝かんだからをさっさと探さないと」


「とりあえず、わたくしがお屋敷の様子を探ります。

 宮さまが目につかぬよう、出ていかないと……」


「そうね。

 ありがとう、支石しいし

 布都御魂剣ふつのみたまのつるぎにも頼んで、探ってもらおうか」


「そうですわねえ……」


 支石しいしは、はあっとため息をつくと、ふいに顔を伏せてしまう。


 そして、いつものとおり、なんの前振りもなく泣きだした。


「……どうしたの、支石しいし


 さすがに馴れているので、香宮たかのみやは冷静に声をかける。


「いえ。

 同じ父帝の姫宮としてお生まれになったというのに、明宮あけのみやさまと香宮たかのみやさまの境遇の違いに、つい……」


「しかたがないことよ」


 ふっと、香宮たかのみやはため息をついた。


「こういうものも、運や巡り合わせがものを言うわよね。

 わたしは、しかたないと思ってるわ」


「宮さま……」


「それにしたって、いつまでも三条邸に厄介になるわけにはいかないし、これから先のことを考えないと」


 そう言いながらも、まずは神罰が解けないことには、どうしようもない気がしている。


 先は長いわね。


 ていうか、暗い。


 香宮たかのみやは、苦笑いする。


 でも、どうにかできるのはわたしだけだものね。


 そんな想いも、あらたにする。


 香宮たかのみやは、基本的に前向きな性格なのだ。


 なんとか、どうにかしてみせる。


 とりあえず今は、もう寝よう。


 いろいろなことがありすぎて、疲れちゃった。


 はあっとため息をついて、重ねたうちきの間に潜りこむ。


 せめて夢の中くらい、いい思いをしたいものだ。



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