ベビーカーレース

白川津 中々

◾️

第八回ベビーカーレースの火蓋が切って落とされた。

ベビーカーレースは新宿駅、東京駅、梅田駅、札幌駅を舞台にして行われる無許可非公式のアウトサイダースポーツである。子供を載せたベビーカーを押しながら規定ポイントを通過していき、駅構内を一周するスピードを競うアナーキーなイベントであり、その過激な内容に世間からは避難が集中しているが、参加しているのは普段からベビーカーで人の足を轢こうが催事会場に突っ込もうが車道に出ようがお構いなしの連中である。子供を理由に自らのインモラルを肯定してきた彼彼女らに良識や危機意識といった単語は存在しない。他者からの批判を"子育て世代への攻撃"という一言で黙らせてきた猛者達であるため反対意見は右から左。正しくベビーカーを使っている人間からしたらいい迷惑であるが、もちろんベビーカーレース参加者は知らぬ存ぜぬで今回も大暴れするのである。それを証明するかのように早速二名がエスカレーターでエキサイティング。他の旅客を跳ね除けながら直進。一進一退のデッドヒートを演じるも一方のベビーカーから垂れ下がっているベルトがエスカレーターに巻き込まれ子供ごと呑み込まれてしまった。上がる血飛沫に悲鳴と歓声が沸き起こる。更に、先行するトップ集団においては激しくぶつかり合いと罵り合いが繰り広げられていた。プラットホームで「死ね」「落ちろ」と物騒な言葉を並べ立てながらベビーカーを振り回しベビーカーでベビーカーにアタック。火花が散る。これは比喩ではなく本当に火花が出ている。競技用に改造されたメタルコートのベビーカー同士がぶつかり、摩擦によって切断紛が赤熱しているのだ。その火花が一台のベビーカーに着火。火柱が立ち諸共焼死リタイア。ハイスピードでやってくる後続ベビーカーの中にはそれを避けようとして線路へ落下し丁度通過する特快電車に轢かれて脱落する者もいた。

その他にも、壁に激突するベビーカー、上階からコースアウトするベビーカー、手からすっぽ抜けて飛翔するベビーカーなど、駅、人、競技者、ベイビーに多大な損害を与え続け、一位の人間がゴールする頃には死屍累々の地獄絵図。被害総額は計り知れなくなっていた。

この過酷なレースに勝利したのは都内在住の女性であり、得たものは名声と名誉。そして損害賠償と懲役である。ベビーカーレースは例年通り熾烈を極め、多くのものが失われ、幕を閉じた。


さて。

重ねて述べるが常識的に正しくベビーカーを使用している人間はこのイベントについてまったく批判的である。だが、ベビーカーを使っているというだけで他者から白い目で見られ迫害されているのだった。

愛する者と結婚し、子供が生まれ、家族という掛け替えのない存在と共に過ごしたいだけなのに、一般ベビーカーユーザーは後ろ指を刺される。これを不幸といわずなんというのか。悪質が良質を駆逐する典型であろう。


一部頭のおかしい人間のために、その他大勢が犠牲となってしまっている。皆様にはぜひ、節度と良識を持ってベビーカーを押していただきたい。

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