進んでいく顔
楠木さんは以前通っていた図書館で不思議な事があったという。彼曰く、『生きている人間の仕業だと思いたいですね』だそうだ。
「ホント勘弁してほしいんですよ。暇つぶしには最適だってのにね」
今より少し前、上京前で地方都市に住んでいた頃のこと。地方都市なのでいい年をした人が遊ぶ場など無い。都市部の人は夜の町にくりだしていく時間に地方では店が閉まって暗くなっている。
そうなるといやでも昼夜逆転の生活はしづらい。強制的に夜が来たら寝ろと言っているようなものだ。都市部では夜に女遊びをするそうだが、田舎の何処で遊べというのかと環境だった。
そうして昼間、暇だなと思いつつも出かけても健全な場所しか無い。退屈なので仕方なくスマホを操作しながらその辺にあった本をペラペラめくる。
そこでふと気が付いたのだが、図書館というものが割と近くにあったなと思い出す。小難しい本を読むなんて柄じゃないが、退屈しのぎに取り立ててやることも無い。ソシャゲをしようにもプレイしていたゲームはもうエンドコンテンツくらいしかやることがない。
外にぶらっと出て図書館まで歩いた。近所に暇つぶしのスポットがあったのは良いことだと思う。
そして図書館に入ったのだが、以外と快適なことに気が付いた。冷暖房完備で利用料無料、しかも目の届かないところならスマホを弄っていても良し。これは案外いい居場所が見つかったと思った。
本なんてつまらないものしか置いていないだろうと先入観を持っていたのだが、割と俗っぽい本も置いてある。案外そういったものも読んでみると面白い。
本を物色していて見つけたのだが、その本は小学生だった頃に一大ブームを巻き起こした本だった。クラスに何人も呼んでいた生徒がいたのを覚えている。
もう顔も怪しいが、うろ覚えのクラスメイトが何をそんなに楽しそうに読んでいたのか興味が湧いて手に取った。
それをペラペラとめくっていくと、案外どうして大人になって読んでも通じるような内容だった。そりゃあこの本に執心なのも分かるよなと思いながら読みふけっていた。
その本を読み終わってあとがきを読んでいると『へのへのもへじ』が書いてあった。図書館の本にくだらない落書きをしてるなと思いながらも鉛筆で描いてあったそれを無視して書架にしまった。
それからまた別の本を取る。それを中程まで読み終わったところで夕方になったのでまた明日も来ようと思い本を戻して図書館を出た。
翌日、利用者数が少ないので借りられているはずも無く、図書館に行くとその本がまだあったので途中から読み始めた。割と面白かったなと思い最後のページを読むと隅の方にまた落書きがあった。『へのへのもへじ』のように見えるのだが、昨日より『の』の部分が多少目に近い形になっている。
それから数日、図書館に通ったのだが、一冊本を読み終わると最後のページに必ず書かれていたのが『へのへのもへじ』だった。問題は始めは本当に一分もかからずにかけた落書きだったものが、徐々に人の形へとなっていく。
一月も経つと元々の落書きだったものはハッキリ人間の顔と分かるようになっていた。その途中、『買った本だとどうなるのだろう?』と思って、書店に行き、薄くてすぐ読める本を一冊買ってから帰宅して最後まで読んだ。
買った本には全く落書きなどない。新品だから当然と言えば当然なのだが、じゃあ図書館の本はどうなるんだと言うことになる。
図書館の本だって落書きして良いはずがないだろうと本を書架に収めて気が付く。
よく考えると自分が読んでいった本では徐々に落書きから人の顔へと変っていっている。読む本を選ぶのはその場の気分で傾向もない。
ではどうしてあれらの本は『順番に』落書きがリアルになっているのか? 仮にマナーも何もないヤツが全部の本に落書きをしていたとしても、それをランダムに選んで順番に変化していくことなどあるだろうか?
おかしい、どう考えてもおかしいのだが、説明のつけようがない。
それから数日、図書館で変らず本の落書きはリアルになっていったが、最後に見た落書きは、始めは無表情だったリアルな男の顔をと手も小さくデッサンしようなものだったのが、少しだけニヤついている。
これは良くないものだと思って本を戻して逃げ帰った。あの男の顔からは悪意を感じられる。誰が書いたか知らないが、あれ以上見てはいけない気がする。
彼はそんな話をしてくれたのだが、それがいやになって上京をして真面目に職に就いたそうだ。ただ、そこでも一度だけ近くの図書館で落書きを見たと言う。その時は非常にいやらしい笑みを浮かべているものだから本を投げそうになったらしい。
「では、もう図書館は利用していないんですか?」
私の問いに彼は笑った。
「いや、使ってますよ。あの落書きの攻略法を見つけたんです」
彼が得意げに言うので『その攻略法はなんなんですか?』と思わず尋ねた。すると彼は笑って『落書きはね、最後のページに決まって書いてあるんですよ。大抵最後のページはあとがきなので物語が終わったところでさっさと本を読むのをやめれば落書きを見なくて済むんですよ』と言う。
今のところは平和に生活が出来ているそうだ。彼の平和が何処まで続くかは分からないが、今でも本を読むときは最後のページに至る直前で閉じているそうだ。
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