日常の話、底辺の話

@DEMI_PEN

アヒージョ

 外に出ると、ぽつぽつと雨が降り始めた。小雨なので傘を持たず、濃い緑色のマフラーを口元まで引き上げて早足で歩き始める。

妹から21時頃に連絡が入り、アヒージョを作る為の材料を買ってくるように言われたのだ。時刻は23時を10分程過ぎたところだった。

 2時間も家を出るのを渋ったのは、SNSで何か面白いことをしてやろうと思いながら何も思いつかなかった為。頭を動かしたが、目新しい何かは自分の頭の中には無かったのだ。「新しい何か」とは新しく頭の中に物を入れないと生まれることは無いと思い、深夜の雨の中買い物へ出かけた。


 適当な食材やオリーブオイル、安い食パンをカゴに投げ込み缶酒が並んでいる棚を端から端まで物色する。ビールは飲めないので、果物系の酒を2缶カゴに入れ必要はなかったがインスタントラーメンも買う。

 近々引越しが控えているのであまり散財をしないように心がけているのだが、そうはいかなかった。財布には2060円が居座っている。心もとない。


 新しい事を取り入れようと、帰り道から少し逸れた公園で酒を開ける。雨は一度止んだくせに、また降り始めた。仕方なく遊具で雨宿りをしながら缶のプルタブに指を引っ掛ける。

 多分新しい何かってのは「小雨の降る中、遊具で雨宿りをしながら缶酒を煽る」事では無いのだろうな。そう思いながらも葉のついていない木のてっぺんを何気なく見ながら、缶の半分を一気に飲み干した。作ったような桃の甘みが口内を支配する。

 炭酸は胃を膨らませ、他の物が入ってくるのを拒む。甘味が薄らいで、残されたのは質の悪いアルコールの後味。自分が缶酒を嫌いな理由を思い出した。


 何とか缶の三分の二を減らしたところで、胃が完全に拒否を示す。仕方が無いので泥や砂で元の色が分からなくなった水道に、缶の中身を全て捨てた。

 空きっ腹にアルコールを入れたせいで少し酔いが回り、雨と気温で体は冷える。これが自分にとっての「新しい何か」なんだろうか。そうだったら、酷いものだ。SNSでは他の人の生活や活動が眩しく、見たくないと思いながらも見てしまう。


 きっと今に大バズりして、明日には何百万人というフォロワーが増えて仕事が山のように入ってくる。なんてアホでも考えつかないような夢を見ているのだ。それも「自分はそんな夢を見ていない」と考えながら、頭の片隅で奇跡の一発逆転を望む。それが自分。そして人生が上手くいっていないお前らだよ。


 さて自分は親に躾られ、生まれてから不本意以外でポイ捨てをした事がない。公園のベンチに置かれたペットボトル、茂みに隠すように置かれたマスク、浜辺に置いてけぼりにされた弁当のゴミ。

 それを見て嫌な気持ちになるが、ポイ捨てをする人の気持ちはポイ捨てをした人にしか分からないのだ。最低な新しい事を思いついてしまった。

 家も近いゴミ集積所、カラス避けのネット箱の脇にそっと缶を置いた。公園に置いてくるのは罪悪感が勝ったので、ゴミが置かれる場所に置いてくることにした。ポイ捨てかどうか判定が微妙だが、自分にとって自身のゴミを袋にまとめず集積所に置く行為は立派なポイ捨てに分類された。

 悪い事をしてやった。少し酔いが回っている事もあり、ちょっとした高揚感まで感じた。頭の中に良いアイデアが浮かんでいたが高揚感と共に消え去り、脳内すっからっぽのまま帰路に着いた。

 雨はもう降っていない。

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