第二話
「失礼ですが、この者は女です」
ベルドットはフローリアを代表して調印にきた外交官だ。普段は温厚で動じることがあまりない男だが、そんな彼も声に戸惑いを隠せていない。カインも姿勢こそ崩さないが目を丸めている。
「承知しております。ちなみに私も女です。そして我がメディシアでは同性婚を認めておりますので問題はございません」
カミラはもう何が何だか分からなかった。
王国につき城に案内され、調印の場に通されたまではよかった。笑顔も崩さなかった。
そこで会場に現れたのがシャルロットだった。
「この度はご足労いただきありがとうございます。メディシア国第二王女のシャルロット・ホワイトと申しますわ。外務大臣を務めております。本日はどうぞ…」
シャルロットはベルドットからカインへ順に視線を交わし、最後にカミラを見てふわりと微笑んだ。
「よろしくお願いいたします」
その笑顔は一輪のマーガレットのように愛らしく、カミラは一瞬呼吸を忘れた。
その後会談が始まり、今回の戦争においてフローリアは降伏する旨をベルドットが伝えた。問題はその後だった。
「そちらについてですが、和平にいたしませんか?」
「……っ! それは、いえ、私達にとってはとても有難いお話ですが…。よろしいのですか?」
降伏と和平ではフローリアの今後が大きく変わる。一番は他国との貿易が同条件で続けやすい事だろう。
「はい」
「っでは!」
「ですが、条件が二つございます」
ここで間違えてはいけない。三人に緊張が走る。
「一つは当初の通りですわ。資材と薬の互恵貿易の開始です」
「もちろん可能でございます。それについては本日書面も持参しております」
「ありがとうございます。もう一つは」
透き通った白い瞳がカミラを見る。
「そちらの騎士様を私の伴侶として迎え入れたいのです」
そして今に至る。
女であることは明言した。しかし同性婚が可能な国ならば関係ないことだったようだ。
「あの」
「カミラ」
思わず口を開いてしまったカミラをベルドットは窘める。あくまでもカミラは護衛としてこの場にいるのだ。発言権は本来無い。
「構いませんわ。騎士様のお名前はカミラというの?」
「……はい。カミラ・ブロッサムと申します」
瞬間、柔らかな微笑みは花束のように広がった。
「素敵な名前ね! 可愛らしい容姿にぴったりだわ」
「かわっ⁉ あ、ありがとうございます」
容姿を可愛いと言われたことにカミラは動揺した。亡くなった両親以外から初めて言われた言葉だったのだ。女の割に高い身長と戦闘向きだからと騎士になって以来伸ばしたことのないショートヘア。極めつけは平均よりも慎ましい胸。カミラは所詮イケメンの部類だった。
「カミラは何を言いかけたの?」
くりくりと大きな瞳で見つめるのはやめてほしい。自分を可愛いと言ってくれた自分より可愛い目の前の王女をどういう顔を向ければいいのか分からない。カミラは心底動揺していた。
「なぜ、私なのでしょうか?」
「気になる?」
「はい」
もったいぶるように紅茶を一口飲み、シャルロットは漸く口を開いた。
「ひとめぼれよ」
今度こそベルドットは口が開くのを抑えられなかった。カインとカミラも同様の表情だ。当然だろう。国と国の重要な話し合いの場でひとめぼれしたなどと言い出したのだ。
「申し訳ないが、そのようなふざけた条件を飲むわけにはいきませんな」
ベルドットの言い分は当然だった。
「あら、残念ですわ」
シャルロットはティーカップとソーサーを静かにテーブルに置いた。
「では、戦争は続行ですわね」
「なっ⁉ 何故そうなるのですか! 元より我々は降伏の意を示した上で本日参りました。当初約束していた調印は交わされるべきです」
思ってもいなかった発言にベルドットは珍しく声を荒げる。
「その予定でしたが」
伏せられていた目線が再びカミラを捉える。
「そちらの態度が悪ければ、考えを改めざるを得ません」
その笑顔はもはやマーガレットなどには誰も思えなかった。
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