第4話

 今回のコンクールは、皆川さんにとって、高校生活最後のものだ。華々しく、受賞して終わるんだろうな。

 バタバタと走る音が聞こえたと思ったら、今度は勢いよく部室の扉が開かれた。皆川さんが珍しく息を切らしてやってくる。

「コンクールの結果、決まったって!」

 顧問こもんから教えてもらったらしく、パソコンの前に座った皆川さんが慌ててキーボードを叩く。僕もはやる気持ちでそれを後ろから覗き込んだ。カチッ、とクリックする音。次の瞬間、目に飛び込んできたのは。

「――あ」

 最優秀賞と書かれたタイトルの下、皆川さんの名前と共に、一枚の写真が載っている。

 夏祭りの一瞬。法被はっぴを着て神輿みこしかついでいる人達の楽しそうな笑顔を切り抜いた写真。この夏に撮ったものだろうか、いきいきとした様子は見ている方にも躍動やくどうを感じさせる。

 まぁ、そうだろうなとは思っていた。皆川さんはここで手を抜くような人じゃない。僕が、お祝いの言葉を口にしようとした時、皆川さんの指先がマウスを使って画面をスクロールする。すると、銀賞の欄には僕の名前も載っていた。

 僕の写真は、あの日撮った、なんでもない一枚。ある民家の軒下で揺れている風鈴と青空を映しただけの写真だけど、夏特有の鮮やかさが残っている。僕はそれがいいな、と思った。

 皆川さんがその写真を見た瞬間、声を上げて席を立つ。

「肥川君の写真だ!」

 え、と思わず声が漏れた。皆川さんはきゃあきゃあ騒いでいるけれど、僕は画面に目を釘付けにされていて、耳から入ってくる音が上手く聞き取れない。

 画面に映る写真は、本当に僕の写真が入賞したことを示していた。

 でも、不思議と満たされた心地ではなくて、安堵あんどの気持ちが強かった。力が抜ける。はぁ、と息を吐いた瞬間に、ぺたんと椅子に座り込んだ。背もたれに寄りかかって、上を見上げる。じわ、と込み上げてくるものがあったけれど、染み渡っていくような心地で爆発してくれない。

 これを、現実味がないというのだろう。夢なら、落胆してしまうから覚めてくれ。そう思ったけれど、これは現実だ。僕はぐっと指先を握り込むようにガッツポーズをする。

「やったね、肥川君!」

 自分の受賞よりも喜んでくれる皆川さんに、僕は不思議に思いながら尋ねる。

「皆川さん、自分の受賞より喜んでいませんか?」

「そりゃそうだよ。だって」

 そう言って、皆川さんはスマホの画面をずいっと向けてきた。そこに載っているのは、恐らく皆川さんのSNSアカウント。けれど、そこに並んでいる写真は全部、彼女のものではなくて。

 よく見れば、皆川さんがいいねをつけた写真が並んでいるようだけれど。どれも見覚えがあった。

「私はずっと、ヒオのファンだからね!」

 並ぶのは、僕が撮った写真の全て。アカウント名にも見覚えがある。僕が最初に載せた写真に、初めていいねをくれてフォローまでしてくれた人。

 あなたはずっと、ずっと、僕を見てくれていたんだ。

 色褪いろあせた嫉妬も、なにもかも。

 塗り替えられたあの夏が、僕に息づいていて。

 なにより、

 あの日のあなたの姿が、目に焼き付いている。


(END)

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セピアの嫉妬 芹沢紅葉 @_k_serizawa_

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