後編:最凶ヴィラン決定戦
始まってしまった。とてつもなく不毛なバトルが。
「まあ、これまでの『行い』を見れば自明であろう」
ツバメシジミがひらひらと、得意げに宙を舞う。
どこかに、蜘蛛の巣とかないかな。このアホ、捕食されればいのに。
「衣服と風と言えば、我の専門。女性たちのスカートをめくり続ける我の風は、衣服と相性が良い。つまり我の『強風』こそが、かの男の上着を吹き飛ばした魔の風である」
得意げに言ってのける姿を、全員が冷めた目で見る。
「ツバメちゃんさあ、さっきの光景について何を見てたの?」
ブルーモルフォが冷淡に指摘する。
「あいつ、自分で服脱いでたよねえ。強風で吹き飛ばされたって、それマジで言ってんの?」
あれ、そこはちゃんと指摘するんだね。
大前提として、そこを否定したら話が成立しない気がするんだけど。
「ぐ」とツバメシジミが言葉に詰まる。
「というわけで、ツバメちゃんは犯人じゃない、と」
ひとまず、一ぴき脱落。
「みんなも見ての通り、例のアイツは自分から服を脱いだ。直接的な風の強さで服を脱いだわけじゃないってのはわかるよな?」
誰も何も言わない。
「要するに、これは巡り巡っての『因果』なんだ。バタフライ・エフェクトってのは単純な強風なんかじゃない。小さな風から巡り巡って、大きな結果に積み重なる。そんな複雑怪奇なもののはずなんだ」
わかってるならホラ吹きやめろよ。
「そういうわけで、俺はずっと前から『風』を仕込んでた。それで例のアイツが服を脱ぐよう、誘導してやったわけさ」
青く輝く羽根を見せ、ブルーモルフォが『犯行宣言』をする。
「アイツが服を脱いだのはな、『金がどこに行ったか?』って心配になったからだ。俺はいつも人間たちの万札を風で吹き飛ばし、奴らが貧乏になるよう仕向けてきた。そのせいでアイツも、財布の中はすっからかんなんだ」
今も向かいの道路に立ち止まり、髭の男はリュックの中を漁っている。
「きっと、飲み物でも買いたいんだろうな。だからシャツのポケットに小銭でも残ってないか、一生懸命探してるところなんだ」
勝ち誇った声で、ブルーモルフォは宣言する。
「つまり、俺の吹かせた『貧乏風』が、アイツにシャツを脱がさせたんだ」
その直後、男がリュックからペットボトルを取り出した。
「あ、飲み物持ってるね」僕はすかさず指摘する。
更に、男はズボンのポケットから財布も取り出す。
「あらあら、あの人、結構お金持ちねえ。誰が、貧乏にしたんだか?」
キアゲハがすかさず嘲笑う。
「ぐ」とブルーモルフォが言葉に詰まる。
とりあえず、二ひき目も脱落。
強い風が吹いた。
男が財布の中から札束を取り出し、枚数を数えていた。そこに風が吹いたため、ハラハラと一万円札が吹き飛ばされていく。
男は慌てて走り、必死に一万円を拾い集めていた。
たしか、この道の先にはコンビニや交番があった。小学校の先には中学があり、更にその道路の向かい側には高校の建物が会った。
「もう、消去法で決まったようなものだけど、一応話しましょうか」
しょんぼりとする蝶々二ひきの脇で、キアゲハが高らかに言う。
「私はずっと、環境破壊に勤しんできた。この世界を少しでも破滅に追いやろうと、嵐を起こして山々を崩し、生き物が生活できる場所を奪っていった。その結果として生態系が狂い、都市部にも獣や虫が溢れる事態を作ってやったの」
今度は一体何を持ち出すのか。
こいつのホラは、特にスケールが大きい。一体何を用意してくるのか。
「そして、そんな虫の一匹が、あの男の服の中に入ったのよ。それがかゆくて仕方なくて、あの男は服を脱いだの」
思ったよりショボい話。
「つまり、私の操った『風土』こそが事件の元凶よ」
その直後、髭の男が菜の花畑の脇へと近づく。ここにも一万円札が飛ばされてきたので、すぐに回収していた。
途中、カナブンの一匹がぴょんとはねる。男の背中に飛びつき、首筋まで歩いていくと襟の中に入っていった。
だが、男はまったく気にしない。
「金集めに夢中だからか、全く気付かないな。そもそもこの男、意外と皮膚感覚というのが鈍いのかもしれない」
クロアゲハが淡々と言い、キアゲハより数センチ高い場所へと舞う。
「ぐ」とキアゲハが呻いた。
チャイムの音が鳴り響く。
午後の三時を過ぎたらしく、学校帰りの女子高生たちが近くの歩道に溢れ返る。貧乏な家の子が多いのか、垂れ下った靴下を履いている子が目立った。
「どうやら、時が満ちたようだな」
最後に残ったクロアゲハが、堂々とした物言いをする。
「今の光景を見たことで、皆は気づいたものがなかったか? 男はさっきからずっと、歩いてくる少女たちの姿ばかりを気にしている」
「スカートがめくれないか期待してると?」ツバメシジミが言う。
お前は黙ってろ。
「実は、私は皆に隠していたことがあったんだ」
一切取り合わず、クロアゲハは話を続ける。
「今まで皆と一緒に行動していたが、私は実のところ、蝶々なんかじゃないんだ。本当は、『人間』なんだよ」
また、急に何か言い出した。
「こんな話があってね。ある人間の男が眠りにつき、夢を見た。その中で、男は『蝶々』になっていた。目が覚めた時、男は思った。果たして、自分が蝶々になった夢を見ているのか。それとも、今の自分は蝶々の見ている夢なのか、と」
『胡蝶の夢』か。
僕は知っている話だけど、こいつも把握していたなんて。
「少しの間、私も悩んだ。私は人間なのか、蝶々なのか、とね」
「で、どっちなの?」キアゲハが問う。
「答えは簡単。私は『人間』だった。理屈は簡単だ。人間は眠りの中で夢を見る。でも、私たち蝶々はそもそも『睡眠』というものを必要としない」
瞬間、ハッと全員が身を揺さぶった。
たしかに。僕たち蝶々は、人間たちのようには眠らない。体を休めて疲れを取ることはあるけれど、脳が眠りにつくことはない。
睡眠というのは、大脳新皮質を持つ一部の生物のみの行為。僕たち昆虫には当てはまらない。
もちろん、これはテレビを見て得た知識だ。
「そういうわけで、話すべきことがある」
クロアゲハの奴、とんでもないホラを吹きやがって。
「あの男の服を脱がせたのは、他ならぬ私だ」
女子高生たちの集団の横で、身を縮まらせている男。一万円札はまだ拾い終わらないのか、財布を広げては枚数をチェックしている。
「私は蝶々として風を起こし、人間たちの少子化を加速させている。でも、他にも計画を進めていた」
菜の花の上に降り立ち、クロアゲハが静かに語る。
「私はね、人間として『とある話』を広めていたんだよ」
声音の中に、勝ち誇った響きが混ざる。
「私は常々、会う人間に語って聞かせた。『灰色の半そでシャツはものすごくダサい』と」
「まさか!」とキアゲハたちが声を高める。
「そう。見てわかる通り、この場所はうら若き女子高生たちが群れをなして歩き、自然と彼女たちとすれ違うことにもなる」
「じゃあ、それであの男は」ブルーモルフォが戦慄する。
「その通りだよ。奴は私が広めた噂を信じ、自分自身の服装を恥じた。そして女子高生から嘲笑を浴びずに済むよう、下校時刻に合わせて上着を脱いだのだ」
ちくしょう、と内心で焦りを覚える。
「要するに、私は『風評』を操ったのだ」
「ぐ」と僕の方が言葉に詰まる。
もう、羽根の力が関係なくなっている。でも、否定しづらい話だった。
人間の行動を操るのは、やはり人間。
こんな、強すぎる理屈があったなんて。
「さて、そういうわけで話は終わりかな?」
菜の花の上から飛び立ち、クロアゲハが僕たちを見下ろす。
「私こそがこの世を滅ぼす、『恐怖の大王』だったわけだ」
どうすればいい。
このまま放っておけば、クロアゲハの奴の天下になる。
「あとは、モンシロチョウくんだけだね。何か、異論はないかい?」
上からの目線で、クロアゲハの奴が言う。
どうする、と自分自身に問いかける。
何か、起死回生の策は。こいつのホラの矛盾とか。そもそも、男が上着を脱いだ理由に説明はつかないのか。
僕も何か大ボラを。クロアゲハのホラを上書きするような、もっと強烈なもの。
何かないか。何か。
そうやって葛藤する途中、男が一万円札を回収する。
もう随分と集まったようだった。財布の中に入れ、何十枚とお金が入っているのがわかる。「ふう」と溜め息をつき、安堵したように額の汗を拭っていた。
そもそも、こいつは一体なんなんだ。
男は財布の中に指を入れ、一万円札を数えている。十枚や二十枚ではきかなかった。
でも、これって普通のことなのか?
さっきみたいに、風で飛ばされたりしたら大変だし、もしも財布を落とすことがあれば、一気に大量のお金を失うことになる。
これは多分、人間の常識では何かがおかしい。
きっと、ここに何かの秘密がある。
考えろ、と自分に命じる。
こいつの正体。これまで見せた行動。
上着を脱ぐ直前、こいつの取っていた行動。
頭の中に映像が浮かぶ。白や灰色、札束の色。様々な色が出現した。
「そうか」と僕は呟く。
頭の中がホカホカとする。そして、全身に力が漲る。
クロアゲハの姿を一瞥した。
あとは、僕も『ホラ』を用意しなければならない。こいつの胡蝶の夢の上を行くような、ダイナミックで鮮烈な嘘を。
バタフライ・エフェクト。
それを飾り立てるにふさわしい、最強の大ボラ。
うん、と心の中で頷いた。
「言わせてもらうよ。あの男の上着を脱がせたのは、『僕』なんだ」
静かに、はっきりと宣言する。
四ひきの目が僕へ向く。僕はひらひらと宙を舞った。
ここで語る内容としたら、絶対に『これ』しかない。
「実を言うと、僕は、『未来』を予知することができるんだ」
髭の男が取った行動。
男は最初、イヤホンで何かを聞いていた。音楽か、またはラジオか。
その途中、『白い車』が通った瞬間、ビクリと体を震わせていた。
その上で、財布の中にはなぜか大量の紙幣。
その上で、もう一つのヒントがあった。
(あれは、俺がやったんだ)
ブルーモルフォが語った情報。
あの話が真実だとすれば、全てが一つに繋がる。
「見ててごらん。しばらくすると、あの男はビクリと体を震わせる」
僕は予言者然として、静かに言ってのける。
男は財布の中身を数え終え、再びリュックを背負った。そうしてすぐにコンビニのある方向へと歩いていこうとした。
その先で、『ビクリと』体を震わせた。
道路の向こうからパトカーがやってくる。『白い色』を基調として、下半分が黒となった色の車。
男はしばらく身を縮ませ、左右に目を走らせた。
その直後、パトカーが道路の脇で止まった。
「あいつはきっと、走って逃げる」
僕が口にすると、男はすぐさま道の反対側へと逃げようとした。
警察官も走り出す。
間もなく、男の悲鳴がこだました。
「最初から全部、僕が仕込んでいたんだよ」
体裁を保つため、一から全部話すことにする。
「もともと、あの男の話を持ち出したのは僕だったろ? あの段階で気づかなかった? 最初から、僕が勝てるように仕込んでいた話だって」
すらすらと、口からホラが出てきてくれる。
「僕は因果を操作した。未来を予知し、あの男がここで捕まるようにしたんだ」
「一体、どうやって」クロアゲハが問う。
「簡単なことさ。あの男はね、『強盗』だったんだよ。ブルーモルフォも言ってただろ? 金に困った人間が現れて、最近は銀行強盗に入った奴が出たって」
調子に乗って、ブルーモルフォが語った話。
「あの男はそれで金を得て、財布の中に大量の紙幣を入れていた。そしてイヤホンを耳につけ、ラジオか何かを聞きながら歩いていた。そこで、『あるニュース』を聞いた」
間違いなく、イヤホンの先にあるのはラジオだった。
「それは、強盗事件の犯人を報じたもの。その中で、『灰色の半そでシャツを着ていた』とかの話が出たんじゃないかな。あの男は要するに、今日は犯行時と同じ服を着ていた」
「じゃあ、それで上着を?」キアゲハが問う。
「そうなるね。ちょうどあの瞬間に『白い車』が傍を通った。ラジオを聞いて緊張していたところだったから、それが一瞬パトカーに見えた。だからビクリと体を震わせ、その先で『上着を脱ぐ』という選択をした」
「まさか」とブルーモルフォが呻く。
「何もかも、僕がやった。あの男をこの場所に誘導し、警察に捕まるようにしたんだ」
丁寧に言い含め、『僕が黒幕だ』と宣言する。
しばらくの間、誰も言葉を発しなかった。
「これで、わかってもらえたかな?」
感情を込めず、ただ問いだけ発する。
「そうですね。理解しました」
背の低い菜の花の上にとまり、クロアゲハが言う。
「おみそれしました」とキアゲハたちも短い菜の花の上にとまる。
なんか、こそばゆい。
クロアゲハが恭しく、僕の前で頭を垂れる。
「あなたこそが、この七の月に降り立ちし、『恐怖の大王』だったのですね」
なんだろう、と違和感を覚えた。
しばらくの間、僕は頭がぼんやりしていた。
七の月。恐怖の大王。どこかで聞いた話だ。
前にもこいつらは、そんな『大昔の単語』をわざわざ口にしていた。
「あの、なんで今更その単語なの?」
やっぱり気になって、僕は素直に問いかける。
ノストラダムスの大予言。一九九九年の七の月、世界に『恐怖の大王』が降り立つ。そして世界を滅ぼすという話。
その予言は大外れし、僕たちは二〇二五年という時間を生きている。
なんで今、その単語が出てくる。
「なぜって、それが『今の旬』でしょうから」
クロアゲハは不思議そうに、僕の問いに応える。
「へ?」と僕は呆然と聞き返した。
「人間たちはみんな、今は噂しているところでしょう。このところ続いている自然災害。それは全部、予言されていた『恐怖の大王』の仕業ではないかと」
四ひきの蝶々が、じっと僕の顔を見つめている。
何か、おかしなことが起きている?
クロアゲハが厳かに、僕に『事実』を伝えてみせる。
「今はちょうど、『一九九九年』ですからね」
あれえ、と考えることばかりだった。
僕はしばらく、町の中を飛び回った。
外国人の顔をちらほら見かける。
外来種みたいな変な虫も見つける。『ブルーモルフォ蝶』も、良く考えたらアメリカ辺りにしか生息していない昆虫だ。
そして、町や人々の光景。
あの菜の花畑の横には、大きなビルが建っていた。でもそれが、古い二階建てアパートに変わっていた。
普通は、ビルを潰してアパートは建てない。逆だったらあるけれど。
女子高生の姿を見る。靴下がのびきっていて、どこかだらしない感じ。
これは多分、話に聞いていた『ルーズソックス』という奴だ。
九十年代の末頃に、この日本で流行っていたという。
つまり、僕は。
あの日、たしかに僕は『トンネル』を通った。
その直前まで、世界は寒かった。秋も終わり、冬に近づこうとしていた。
でもいつの間にか、季節は夏になっていた。
二〇二五年の秋から、一九九九年の七月に。
「僕は、過去にタイムスリップした?」
理屈はわからない。どこかの蝶々の羽ばたきが、巡り巡って時空の歪みを作ったか。
とにかく僕は、『過去の時間』に来てしまっていた。
「じゃあ、もしかして」
続けて町の中を見る。移民だと思っていた外国人たち。それにしては東南アジア辺りの顔じゃなく、アメリカとかヨーロッパみたいな顔も多い。
この人たちは、『移民』なんかじゃない。
みんな、『難民』なんだ。
(アメリカの経済はもう、おしまいだな。俺が全部ぶっ壊した)
(アフリカは我が破壊した。きっともうライオン一匹残っていまい)
(あら、アタシはヨーロッパを壊滅させたけど?)
(中国大陸、私でもなかなか手ごわかった)
あれは全部、クロアゲハたちのホラだと思っていた。
でも、本当に世界は壊滅していた。
「バタフライ・エフェクト」
僕の住んでいた二〇二五年の世界では、こんな事態は起こらなかった。
つまりは『歴史』が変わっている。
じゃあ、変えたのは誰か。
この時代にとってのイレギュラー。
間違いなく、『僕』だ。
僕がこの時代に現れて、羽ばたきによって風を起こした。それが巡り巡って大災害を引き起こし、日本以外の国を壊滅させた。
「僕の羽根は、本当にとんでもないものだった」
予言の内容が心に沁みる。
一九九九年の七の月、世界に現れるとされたもの。
「僕は『恐怖の大王』だったんだな」
(了)
僕たちホラ吹きバタフライ 黒澤 主計 @kurocannele
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