ニゲラ
朱雪
第1話 僕がヘタレだったから?
僕は長年同棲していた彼女と別れた。
理由はきっと性格の不一致とか価値観の相違とか、よくある理由だったと思う。
とにかく最後の方なんて話し合いですらなかった。
お互いに沈黙して睨み合う中、先に視線を外したのは僕だ。
「じゃあな、今まで楽しかった」
それだけで僕たちの関係は終わった。
意外に呆気ない。婚姻届も出していないならこれがお似合いだ。
俺は財布とスマホを持って住み慣れたアパートから出て行った。
戸が閉まった一瞬の後、彼女が言い放つ。
「いつまでもヘタレてんなよ!」
女とは思えない口の悪さに驚いたものの、僕は引き返す事なく前へ足を進めた。
アパートの階下に視線を向ければ、スーツをビシッと着こなした男が一人、バラの花束を抱えて僕の方を見上げていた。彼は、目が合うと僕に深々と一礼をした。
その脇を僕は無視するように通り過ぎる。
これから彼女は、あの男と人生を歩むのだ。元々彼女は良いとこのお嬢様で、彼はその幼馴染み兼婚約者だった。
だから僕が入り込める隙間なんて最初からどこにもなかった。二人の邪魔をしちゃいけない。僕みたいなヘタレは、彼女には似合わない。
逃げるようにして僕はアパートから走り去った。
きっと明日には婚約者と仲良く結婚会見を開く彼女の姿がテレビや新聞に載る。
僕は一晩でこのぐしゃぐしゃな感情を整理しなくちゃならない。
一夜明け、僕は近くに住む友人の家に泊めてもらった。
「ふわぁあ〜、悪いなぁ急で。助かったよ」
欠伸を一つ、寝袋から起き上がった僕はベッドでスマホをいじっている友人に礼を言った。
「気にすんなよ。困った時はお互い様……朝飯は任せた!」
「ははは、ですよね〜」
タダで泊めてもらえるなんて思ってもいなかったけど、朝飯一つでチャラにしてくれる友人は良い奴なんだと思う。
「そんじゃ、できたら起こしてくれよな」
言いながら布団にくるまって秒で寝た友人を、僕は複雑な気持ちで見つめていた。
そんな事をしても友人が起きる筈もないし、諦めてキッチンへ向かった。
テレビは自由に観て良いと言われているから遠慮なく付けて、冷蔵庫に残った食材を確認する。
――それでは、次のニュースです。
ニュースキャスターの声がキッチンに響く。
「おー、ベーコンと卵と……レタスもある」
テレビからの音も聞きながら、冷蔵庫から見つけた食材を手に取って作業台の上に並べていく。
――今朝方、○○市○○町にあるアパートの一室で男女二人の遺体が発見されました。
僕は雷に撃たれたようにピタリと動きを止め、呼吸すら忘れた。
――見つけたのは女性の友人で、早朝に通話があり、自殺を仄めかすような事を言っていたと……
僕は大きく深呼吸をして、冷静になるよう努めた。
「大丈夫だ。あのアパートには他にも住んでいる人が居た。きっと人違いだ」
自分に言い聞かせながらも、怖くてテレビの画面が見れない。
(こんな時まで僕はヘタレなのか!)
何とか時間をかけて自身を叱咤し、顔を上げた。
「あ、あああぁ! なん、なんで、……なんでなんでなんで、なんでだよ〜!」
僕は友人が寝ている事を忘れて、いや気遣う余裕がなくて、昨夜ここに来た時以上に頭を抱えて泣き叫んだ。
僕は……一生彼女と会えなくなってしまった。
何が間違えていたのか、今となっては分からない。
彼女と駆け落ちした時か、婚約者にあっさり譲ってしまった事か、……僕自身がヘタレだったからか。
もう、分からない。
――いつまでもヘタレてんなよ!
彼女の最期の言葉が、僕の脳裏に蘇り……呆気なく消えていった。
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