第2話

夢香は、クラスの中では比較的目立たない、否全く目立たない人間だった。


 勉強も運動も苦手で、時々学校を休んでいた。


 それでもよく彼女のことを覚えていたのは、家が近所だったからだろう。


 よくプリントを渡しに行っては、ニッとする彼女の顔を見た。くりっとした子犬のような瞳が、見つめている。


「そうちゃん、今日も来てくれたんだ」


 夢香はいつも、わざわざ玄関先まで来てくれた。


 ボサボサの長い前髪が、印象的だった。


「ついでに、ゲームしていかない?ポチモンの新作、やってる」


 夢香は笑った。


 人のことを言えないが、僕も友達の少ない方であった。親が転勤の多い職種なだけあって、十歳になってようやく、この土地に落ち着いた。だから、心を開ける友人がまだいなかった。


 夢香は度々、僕を遊びに誘うようになった。二人でポチモンのゲームをやるだけでなく、自転車でこっそり隣町まで飛び出したこともある。


「夢香ね、お父さんもお母さんも帰りが遅いから、寂しいの」


 隣町の丘の上。夕日が差すベンチに座り、夢香は口を開いた。


「勉強も運動もダメだから、学校行ってもつまんないし、みんなにバカにされるし。でもそうちゃんだけは、夢香に優しくしてくれるから、好き」


 夢香は、二つに縛った髪を揺らして、そう言った。


「僕も……。友達がいなくて寂しかった。夢ちゃんがそうやって誘ってくれて、僕も嬉しいよ」


 僕もなんだか嬉しくなって、そう言ったのを覚えている。



 成績不良と出席率不足。その二つで夢香は、中学生で学生を終えた。


 僕は幸い、頭の作りが一般人であったことから、一般的な高校に入り、一般的な道筋を辿っていた。


 僕が高校生になっても、夢香は頻繁に遊びに来た。やることがないのであろう。僕の持っている漫画を読んでは、なんの気無しに感想を述べていた。


 僕はというと、文字通りの高校生活をーー夢香の存在を除けばーー送っていた。


 高校三年の夏だっただろう。


 僕は、初めて恋をした。


 遅いだろう、という人もいるかもしれない。しかし、常に夢香がいることで、恋愛とは、というものに発展しなかった。


 彼女は麻美という。初めは特別好きであったわけではなかった。


 だが、麻美が、他の男子と話していたりするのを見ると、胸がちくっと痛むのだ。


 それを友人に話すと、友人が笑って言う。


「爽太、それ、恋だよ」


 衝撃だった。全てが、ひっくり返ったようだった。


 そこからの僕は早かった。麻美に告白し、呆気なくOK。晴れて付き合うことになる。


 僕はそれがとにかく嬉しくて、家に上がり込む夢香にも嬉々として話した。


「ふーん。夢香いらない子じゃん、邪魔な子だね」


 夢香は完全にそっぽを向いた。


 いやいや、付き合ってるつもりでもなかったし。勝手に上がり込むのは夢香の方だろう。


「なんでそうなるんだよ」


 僕は棘のある返しをする。


「だって夢香だけの、そうちゃんじゃなくなったもん。そうちゃんは夢香のだよ」


 は。


「別に夢香の爽太になってたわけじゃないし、そもそも付き合ってもいないだろ」


 僕は早口に捲し立てる。


「そもそも夢香は僕のこと好きなの」


 いじらしく、僕は聞いた。


「別に、好きとかそう言うのじゃない、と思う」


 夢香は読んでいた漫画を、ぶっきらぼうに置いた。


「帰る」


と、一言残して。

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