第9話 車

 志織は旦那さんに手を引かれて、車に乗った。扉が閉められ、車が走り出すと志織は窓の外を見た。その先に葉子と志織が運び込まれた病院があった。

 幸い志織は軽度の衰弱だけであったが、旦那さんが大事をとらせたいと病院に頼んで、三週間ほど入院していた。

 その間に葉子は別の病院へ移された。志織はまだそのことを知らない。

 

 病院が遠ざかり見えなくなってもなお、窓の外を見つめ続ける志織を旦那さんは不憫に思った。


「志織、良くお聞き。これから志織は、おとうさまの家で暮らすのだよ」


 志織は旦那さんを見た。


「おかあさまは病気になってしまったのだよ。だから、ずっと病院にいなくてはいけない。あの家で志織と一緒に暮らすことはもう出来ないから、志織はこれから、おとうさまの家で暮らすのだよ」

 この先、葉子の病が治る見込みは薄い。万にひとつ治ったとしても、またいつあのようになるか分からない。だから志織を葉子と一緒に暮らさせることは、もう出来ないと旦那さんは決めていた。


「おとうさまの家?」

 志織は不思議そうな顔をして繰り返した。

 可哀想に、幼い志織にはあまりのことで、すぐには受け入れられないのだろう。旦那さんは、志織を抱きしめた。


「そうだよ。これから毎日、おとうさまが仕事の時以外は一緒にいられるのだよ」

 嬉しいかい?と旦那さんが囁く。嬉しいですとすぐに志織が応えたのに、多少安堵しながらも、旦那さんの胸にはまだ懸念があった。


 もうひとつ、志織に言っておかねばならないことがある。


「おとうさまの家にはね、おとうさまの奥さんがいるのだよ。その人がね、これから志織の新しいおかあさまになるのだよ。だから志織は新しいおかあさまの言うことを良く聞いて、良い子にしなくてはいけないよ」


「はい、おとうさま」


 志織はそう大人しく応えるが、きっと全てを理解しているわけではない。だが、頭の良い子だ。理解はできていなくても、それに従うしかないことは判っているのだろう。旦那さんは志織の頭を優しく撫でてやった。

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