奥歯に剣
大森亭ヒョロ子
新即抜流抜歯術
駅から少し離れたところにある古ぼけた小さなクリニックで、ぱらぱらと来院してくる患者を診療する日々を過ごしていた。
ふああ、とあくびをしていた白瀬のもとに、この日も患者がやって来た。
「すみません、親知らずが痛くて……」
親知らず専門医に
白瀬は右手にある机に軽く肘を置いて、美しい字で書かれた問診票を手に持ってぼーっと見つめる。
問診票の内容にすべて目を通し切らないうちに、いつもの決まった台詞で患者に答える。
「おそらく変な生え方をしているのでしょうね」
無論そうではないこともあるが、そうそう的外れともならないこの便利な台詞で返すのが、お約束になっている。
「まあ、一度レントゲンを撮ってからですが、抜いてしまったほうが無難ですね」
痛むような悪い状態の親知らずを、わざわざ残しておく必要はない。
これまたいつも通りレントゲンを撮ったあと、抜歯となるだろう。
「百害あって一利なしですからねぇ」
眠気を振り払おうと、思い切り目を閉じるのを問診票で隠しながら、白瀬はそう言った。
そして、レントゲンの準備のため、椅子から立ち上がろうとしたそのときだった。
「あの……抜きたくないんです」
「え?」
この日、白瀬は初めて患者の方をちゃんとみた。
ピシッとスーツを着こなした清潔感のあふれる女性がそこにいた。
身だしなみが整っているからだろうか、患者の眉間に寄っている
(しっかりしてそうだけど、抜歯するの怖いタイプかな)
抜歯時の痛みや術後の腫れなどを気にして、抜歯に拒否反応を示す患者は珍しくない。
だが、レントゲンを撮る前からそんなことを言い出す患者は珍しかった。
もちろん、こうした不安を和らげるのも白瀬の仕事だ。
白瀬は優しい声で、患者に寄り添う。
「確かに抜歯って痛そうでちょっと怖いですよね」
「いえ、そうではなくてずっとこの三十二本の歯でやってきたんです。やっとみんなでここまできたのに、親知らずをメンバーから外すことなんて私にはできません。それもただメンバーから外すのではなくて抜歯だなんて選手としての彼を冒涜しています」
(な、なんだ?)
突如患者の口から機関銃のように飛び出した言葉は、勢いよく白瀬の右の耳から左の耳へと抜けていった。突然の出来事に白瀬は何が起きたのか理解できなかったが、その不可解な出来事は白瀬をギョッとさせ、激しい動揺のなかに陥れるには十分だった。
思わず白瀬は再び問診票を見るふりをして顔を隠す。もはや眠気などない。
が、顔を隠したところで患者の意図がわかるわけでもなく、今度は無言の状態が続いていることが白瀬の焦りを呼び起こす。
とにかくなにか返事をしなければ、その一心でなんとか言葉を捻り出した。
「……えぇと、ちなみに痛むのって、どこの親知らずですかね」
「右下の親知らずです」
患者は、
「他の親知らずは痛まないですか」
「はい」
混乱のなか会話を続けた白瀬だったが、一体この患者にどう対処したら良いのか、考えあぐねていた。
この行き詰った状況を打開するために白瀬は問診票を机に置き、こう提案した。
「ひとまず、レントゲンを撮りましょうか。何もわからない状態で話していても、仕方がありませんからね」
ここでレントゲンの時間を挟むことで、白瀬の落ち着くまでの時間の確保をしつつ、この患者の対処法をじっくりと考えることができる。
(うちの見るからにボロっちいレントゲン装置なら、調子が悪くて撮影に時間がかかるとか言っても、信じてもらえそうだな。なんかあの黄ばみ落ちないんだよな)
そんなことを考える程度には余裕を持ち直す白瀬は、まばらに生える
白瀬は、あちらになります、と顎髭を撫でる手とは反対の手でレントゲン室に続く廊下を指し示すも、なぜか患者は動かない。
「レントゲンの写真ならありますよ」
「えっ」
顎髭を撫でていた手が固まる。
なぜ持っているんだという白瀬の思いを見透かしたように、患者は答える。
「チームの状況を把握しない監督がどこにいるんですか」
そう言いながら、患者は手際よくレントゲンの写真を鞄から取り出し、身を乗り出して白瀬の右側にある机に置いた。
レントゲン室へ行こうと立ち上がっていた白瀬は、しばらく呆然としていたものの、これではどうしようもない、と渋々椅子に座り直す。
写真には、丁寧な字でびっしりとメモが書かれていた。
「この
歯を識別するためであろう、前歯から順に、一番、二番と続き、最後の親知らずの歯には八番というように、上下左右四列のそれぞれの歯に番号が振られている。
患者の指差す右下八番の親知らずを、白瀬は言われるがままに診る。
「……む」
親知らずが、前の歯に向かって生えていた。
痛むのは、親知らずが隣の歯を圧迫しているからであろう。
「……やはり、抜いたほうがいいですね」
結論は変わらない。あくまで、親知らずを抜くべきだと白瀬は思った。
「結局それですか。簡単に抜くなんてよく言えますね。先生は親知らずの気持ち知らずですよ」
患者の冷たい返事に、さっきまでの白瀬なら圧倒されていただろう。
だが、状態の悪い親知らずを前にして、白瀬の目つきが変わった。
もう問診票に手を伸ばすこともなく、まっすぐ患者の目をみて口を開く。
「この状態の親知らずを抜かずに放っておく医者はいませんよ」
「抜かないで済む方法はありませんか」
「抜くべきです」
しばらく抜く抜かないの押し問答を繰り返し、さすがにこのままでは
そこで、レントゲン写真の他の親知らずに目を付ける。
「そういえば、先ほど三十二本のみんなでずっとやってきたと言っていましたが、まだ生えていない親知らずもありますよね。それなのに、みんなでやってきたというのは少し違いませんか」
呆れ顔の患者が即答する。
「彼らは歯茎というベンチのなかで準備をして待っているだけです。むしろ各列の最奥のベンチから、他の二十八本の歯たちに声援を送って口内の士気を保ってくれていますがね。しかも」
血気盛んな患者の顔前に、白瀬は手のひらを突き出して黙らせる。
「そもそも、いいですか」
発言を遮られて口が半開きの患者に、白瀬は問う。
「親知らずは、清潔に保つのが難しいんです。これはなぜか知っていますか」
「……親の愛を知らないからです」
あまり答えたくない質問だったのか、歯切れが悪い。
患者のその反応に、白瀬は隙を見出した。
かつて
「その通りです。歯ブラシが届きにくいからという人もいますが、親知らずは歯茎の中で自分の親も知らずに、孤独に育つのです。やがてようやく生えたと思ったら、他の歯たちのコミュニティにも入れない。そんな光も届かぬ口の最奥にいた彼らの肥大化した承認欲求が、隣接した歯への嫌がらせに走らせるんでしょうね」
「ほ、本人の前でそんな」
怯む患者にさらに言葉を叩きつける。
「いつも光を浴びてキラキラしている前歯とは大違い。そんな前歯と真逆の生活を送る悲しい親知らずにとっては、食べカスのような汚れが付着することすら心を躍らす出来事なのでしょう。しかも一度付着したらなかなかとれない。いや、とれないのではなく、親知らずが手放そうとしないだけでしょう。歯ブラシが届かないなんてのは、親知らずに甘ったれた逃げ道を与えたいだけの詭弁ですよ。甘いものばっかり与えてると虫歯になりますよ」
「どうしてそんな彼を傷つけることが言えるんですかっ!?」
狭い部屋に響く金切り声を、激しい弁舌が襲いかかる。
「これが前歯であればどれだけよかったか。前歯は承認欲求にまみれても、前に前に行こうとして出っ歯になるだけです。それに結局出っ歯になれば、人の注目を浴びることには成功し、親知らずのような痛みもありません」
白瀬はさらにレントゲン写真をトントンと叩いて、患者に口を開く隙を与えない。
「このレントゲン、あなたのそれぞれの歯のスコアが詳しく記載されていますね。見たところ親知らずの咀嚼率は他の歯よりも著しく低いし、隣の歯との接触プレーも多いようです。彼がチームに害をなしているというのは、本当はあなたもわかっているはずです」
「そんなことないですっ! 彼はまだまだチームのみんなと一緒に頑張れます!」
不快な言葉だったのか、声を荒げた患者は立ち上がり、キャスター付きの椅子が勢いよく後ろに転がっていった。
そのときだった。
「いっっ!?」
患者が右頬を手で覆いながら、床にうずくまった。
親知らずが痛むのであろう。
「うぅ……」
「悪いことは言いません。抜いたほうがいいです」
そう言いながら患者の後ろに滑っていった椅子に向かって歩く。
患者は痛みに顔を歪めながら、床を見つめたまま声を絞り出す。
「ここには親知らずに優しい
白瀬の眉がピクリと動く。
「
床にうずくまる患者を横目で見下ろしながら、白瀬はそう言った。
対して、患者は
「親知らずだって生きているのに、抜けって言うのが優しさなんですか!? あなたは医師のくせに歯を石としか思ってません! 要は、他の三十一本のために親知らずを見殺しにしろというのがあなたの意思なんですよね!」
「違います。親知らずの気持ちになればこそ、抜くという選択肢が浮かび上がってくるんです」
「あなたにこの子の何がわかるっていうのよ!!」
「わかりますよ!!!!」
突然の白瀬の獅子の歯噛みに、患者は目を丸くしていた。
(しまった)
白瀬も、怒号を上げるほど熱くなっていた自分に驚いていた。
気づかぬうちに握りしめていた拳をほどいて、相手の反応を伺うように言葉を紡ぐ。
「私もまた……親知らずでしたから……」
ここで話を終わらせるわけにもいかず、そのまま白瀬は続ける。
「生まれた時には、私の両親はいませんでした」
自分の境遇と患者の親知らずを重ねていた白瀬の言葉に、患者は絶句した。
それまでの喧騒が嘘のように、場が静まり帰った。
(そりゃ初対面で言うことじゃないよな)
変な空気を作ってしまった、と気まずさを感じずにはいられなかった。
すぐに白瀬は何事もなかったように椅子を患者のもとに引き寄せ、どうぞ、と椅子を勧めた。
面食らっていた患者が言われるがままにおずおずと座り直し、ようやく口を開いた。
「ごめんなさい、その、言いすぎました」
白瀬も、椅子に座りなおす。
「いえ、いいんです」
でも、と切り替えて続ける。
「親知らずとはちゃんと向き合ってください。重ねて言いますが、彼はもう満足にプレーできませんよ」
患者は黙り込む。
「さっきまでそのことに気が付いてほしかったんですが、失敗でしたね」
患者自身に親知らずの限界に気が付いてほしい、という思いがそれまでの白瀬の苛烈な発言を引き起こしていた。
無理ならもう直接伝えるほかない、と不本意ながら自分に言い聞かせて、深呼吸する。
「監督」
患者の、いや、監督の目を真っ直ぐに見る。
「どれだけ頑張ってもみんなの足を引っ張ってしまう状況になってしまって、彼はもう罪悪感と責任感でいっぱいなんです。そんなボロボロの彼に無責任にもまだ頑張れるなんて、監督のあなたが言ってはいけませんよ」
「そ、それは彼を支えてあげたい一心で」
言い訳をする監督に、歯に衣着せずに白瀬は言い放った。
「そんなあなたの身勝手な優しさが余計に彼を苦しめているんですよ。とっくに彼はずっと頑張っているはずです」
サーッと監督の顔が青ざめる。
「結局、あなたは心のホワイトニングをすることで、仲間を見捨てない素晴らしい人物と思われたかっただけなんじゃないですか。偽りの心を演じたせいで、親知らずをメンバーから外すこともできず、ただ彼を苦しめる結果になったんです」
監督は瞬きもせずに唇をかみしめて白瀬の言葉を聞いていた。が、次第にかみしめていた唇からは震えた吐息が漏れ始め、目からは涙がこぼれ始めていた。
「そんなつもりじゃ……」
そう言いながら
後悔の念にまみれて肩を震わせる監督を見て、白瀬は気の毒そうな顔をしていた。
(気づいてくれた、のかな)
そうであれば、もうこれ以上監督を責め続ける理由もない。
「すみません、言いすぎました」
と白瀬は謝るが、監督から返事はなく、ただ泣き声を漏らすだけだった。
監督に声をかけるか悩んだ白瀬だったが、黙って監督を見守ることにした。
しばらく時間が経ち、監督の呼吸も落ち着き始めた。
俯いたまま監督は、言葉を発する。
「心のホワイトニングをしていたの、バレてたんですね……」
「歯医者ですからね。分かりますよ」
「そうですか……」
床の一点を見つめる監督は、いまだに白瀬の先ほどまでの言葉を
見かねた白瀬は、机のレントゲン写真を手に取り、呟く。
「チームを引っ張るために立派な人物を演じ続けなきゃいけないと思っていたんでしょうけど、そんなことしなくたって、チームのみんなはあなたについてくると思いますよ」
レントゲン写真に書かれた大量のメモを監督にみせて、白瀬はニコッと笑う。
「だって、あなたはこんなにチームのことを考えてるじゃないですか」
監督は思ってもいなかった言葉を聞いたのか、体をピクン、と反応させた。
「私はあなたの本当の心に沁みついている黄ばみは、決して醜いものとは思いません。あなたがチームのために、迷って、もがき続けた証に他ならないんですから。そんなあなたを受け入れない者が、どこにいますか」
涙で化粧の少し崩れた監督が、泣き腫らした目で白瀬を見上げる。
「わ、私……その……」
数秒目を泳がせたあと、ぽつぽつと話し始める。
「ホワイトニング、最初はチームをまとめるのに、すごく効果があったんです。ただ、親知らずが不調になってからは、逆にホワイトニングのせいで空気が悪くなってしまって……。それでも、今更それまでの方針が間違っていたなんて言えなくて……」
白瀬は、真剣に監督の言葉に耳を傾けていた。
同時に、その思いをずっと封じ込め、監督が孤独に戦っていたと思うと、胸が苦しくなった。
「ホワイトニングなんかに頼らず、私自身の本当の黄ばんだ心で接してあげるべきだったんですね……」
声を震わせてそれまでの行いを悔いる監督に、白瀬は首を横に振って、大丈夫ですから、と告げる。
「だって、自分自身と向き合った監督のホワイトニングはもう剥がれていますよ」
しかも、と白瀬は目を細めて続ける。
「監督、超黄ばんでます」
監督の崩れた化粧さえ、心のホワイトニングを断ち切った黄ばみのように思えてならなかった。
「もしこのままずっと自分の心を偽っていたら、全国大会で優勝できていたとしても一生心に大きな穴が開いたままになってたかもしれないです……」
「その穴は、入れ歯でもインプラントでも埋めることはできないでしょうね」
心の黄ばみを受け入れることができてよかった、と監督はほっと息をつく。
監督の目に、もう後悔の色は見えない。
その目は、この先に続く道を見据えているようだった。
「先生」
監督が白瀬をみる。
「私、親知らず抜きます」
その声に、迷いはない。
「もう、彼を苦しめたくない。チームのためにも、そして彼自身のためにも抜きます」
白瀬は大きく頷いて、監督の決断を受け止める。
「ええ、彼の背番号の右下八番は、永久欠番にしてあげてください」
そう言いながら、白瀬は壁に掛けられているカレンダーをみる。
「抜歯は、二週間後になります」
つられて監督もカレンダーをみる。
「それまでの二週間、しっかり親知らずとお話ししてあげてください。これまでのこと、そしてこれからのこと。これがもう最後の機会ですから」
そう言って、白瀬は滑りの悪い机の引き出しから、一枚の紙を取り出して監督に渡す。
「それと、もしよろしければこれに記載と捺印をして、役所に提出してください」
「これって……」
監督が受け取った紙には、養子縁組届と書いてあった。
「いま痛む親知らずと養子縁組を結んでください。そして、本当の子供のように愛してあげてください。どうか、彼を『親知らず』として死なせないであげてください」
生まれてきたことを後悔してほしくない、そんな祈るような思いで頭を下げる。
養子縁組をしたところで、親知らずが生まれてきてよかった、と思ってくれるかはわからない。
でも、一生の大半を歯茎という闇の中で過ごし、生え方をしくじれば抜かれてしまう親知らずのことを思うと、何もせずにはいられなかった。
できることなら呪われた運命を少しでも変えてやりたい、そんな気持ちで下げた頭は、ほとんど膝のあたりまできていた。
当然私心からでた頼みのため、断られても仕方がないとも思っていたが、監督は伏し目がちに、こくん、と頷いた。
「……いいんですか」
顔を上げる白瀬は自分で頼んでおきながら、監督が自分のわがままを聞いてくれたことに驚いた。
「……はい。逆に私なんかでいいんですかね……。ずっとひどいことしてきたのに……」
「いいに決まってるじゃないですか。あなたよりも彼のことを考えていた人が一体どこにいるっていうんですか」
その言葉を聞き終えると、監督はゆっくりと
「ずっとそばに、いるからね……」
それが親知らずに向けたものであることは明白だった。
監督が口元をぎゅーっとして歯を嚙みしめ始め、白瀬は慌てて目をそらした。
(おいおい、人目も気にせずに親知らずを噛みしめる、いや、抱きしめるなんて勘弁してくれよ)
白瀬は目のやり場に困りながらも、胸が熱くなっていた。
しばらく、監督と親知らずの抱擁が続いたあと、満たされたように監督が微笑む。
「でも、ずっと彼の声を聞いてあげられなかった私なんかが親になったら、彼に『親の心子知らずならぬ子の心親知らずだったな』って笑われちゃいますね」
監督の顔は穏やかだった。
「すみません、すこしタバコ休憩してきていいですか」
「あっ、はい」
白瀬は椅子から立ち上がり、扉の前まで行った。
「あーそうそうこれは、独り言ですが」
監督に背を向けたまま、白瀬は言った。
「監督が彼と話し合った結果、彼自身もやはりみんなと一緒に試合に出たい、ということであれば、痛み止めを打って試合に参加するのを認めてもいいと思っています。抜歯をせずに、ね」
これには監督も驚いた。
「でっ、でも先生はずっと親知らずは抜いたほうがいいと……」
「やだな、監督が養子縁組を決意した時から、あなたの口の中に親知らずなんて歯はもういなくなってますよ。おっと、独り言独り言」
そう言い残して、白瀬は白衣のポケットにあるタバコの箱を掴んで外に出て行った。
そのあと、監督が熱い、熱い涙を流していたことを白瀬は知らない。
クリニックの表にある大きな木の陰で、白瀬はタバコに火をつける。
白瀬は、空を見上げていた。
(即抜流から破門されるだろうな)
白瀬の行った親知らずの養子縁組を結ばせる
だが、監督との対話を重ねていくうちに、即抜流の禁を犯してでもあの監督と親知らずだったあの歯を、応援したくなったのだ。
自身の選択に、後悔などあるはずがない。
もちろん監督のチームが、あの熾烈な夏の全国歯列大会で優勝することなど、豆腐で歯を痛めるようなものだ。
なのに、どこかでそれを信じている自分がいる。
(あのチームは、きっと強くなる)
白瀬は、空に向けてタバコの煙を吐いた。
煙はそのまま、歯のように白い雲が浮かぶ青い空に向かって舞い上がる。
もうすぐ、夏がやってくる。
奥歯に剣 大森亭ヒョロ子 @Ohmoritei
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