第35話トンカツに出会う

 目覚めると松明はまだ残ったままで、部屋の明かりは変わらない。


 僕はお腹をさすり、腹時計を確認する。

 うむ、多分朝だ。


 お手製の木樹皮歯ブラシで軽く歯を磨き水で口をゆすぐ。

 寝覚めの白湯を沸かしつつ、干し肉をカミカミ、干しなつめを口の中に3粒放り込む。


 人により朝や夜は食べないという人もいるが、僕は軽くではあっても3食口にする。栄養不足な幼少期だったので、食える時には食うのだ。


 お腹時計を考えるに、もしかしたらもう昼に近いのかもしれない。ちょっとご飯が足りない気持ちだ。


 釜戸を土で埋めて火を消しつつ、松明を消してお世話になった部屋を出ようと……よく考えれば、まだ街から出るわけにはいかないのでこの部屋はまだ使うな。


 松明一本だけ残して穴から出る。

 真っ暗にしていると、そこからモンスターが発生することがあるのでおまじないみたいなものだ。


 発生したモンスターが日の光の中に出てくることはない。このあたりは地下世界とダンジョンの大きな違いでもある。


 冒険者を惹きつけてやまない数々の秘宝や宝物が発生するダンジョンは、長い間放置するとモンスターが這い出すこともある。


 それはスタンピートと呼ばれ、街や国に甚大な被害を及ぼすことがある。同時にそれにまつわるドラマも生み出すことになるのだが、それはまた別のお話。


 また地下世界のモンスターはオビワンのようにある条件やルールさえ守れば、中立的だったり友好的だったりするが、ダンジョンモンスターはよほどの例外を除けば危険な敵対者でしかない。


 そのため、地下世界のモンスターとダンジョンモンスターを明確に分けるべきだと主張する学者もいる。


 今回、街に接近しているドラゴンも、かつてダンジョンから発生したものが地上で進化したのではないかと言われている。真偽は不明だし、今はそれどころではない。


 街の人の大多数はまだ街から出ていないはずだが、それでも穴から出てぽこぽこと歩くが人の姿は少なく閑散としている。


 ふと一軒の家から姉弟らしき子供2人が窓から僕を覗いている。奴隷屋敷の年少組ぐらいだろうか。

 僕が手を振ると、慌てて窓から離れ家の中に引っ込んだ。


 あの子たちは逃げずにこの街に残るのだろうか。この街を出て行く宛のない家族はそういう選択もせざるを得ないのだ。


 ふいにふわりと美味しそうな油と肉の香りがする。

 目を向ければ、そこにはのれんだけを出した一軒のお店。


 育ち盛りの僕には


 その香りに誘われゾンビのように近づき、頭の上の方にあるのれんを伸ばした手で触れながら店内へ入る。


「らっしゃい」

 痺れるような渋い声。


 声に相応しいイケ渋のにいちゃん料理人が出迎えてくる。

「お店やってる?」


 尋ねるとイケ渋兄ちゃんは怖めの雰囲気を一瞬で消しニコッと笑い、やってるよと返してくれる。


 平和なときであれば、さぞかしマダムたちを虜にしただろうが、聞けば客層は中年男性が多いと言う。


 メニューを聞けば、なるほどトンカツと呼ばれる高級料理とパン、それに付け合わせのキャベツだ。食いごたえを求める中年男性たちの心を鷲掴みにしていたのだろう。


「こんな状況下でも店を開けているんだね?」

 材料が余ってるからな、とこれまた渋い声で返してくれる。


 通常、前払いの店が多い中、珍しく後払いの店だとか。

 料金は2600ガルド。

 安パンなら26個は買えてしまう。


 大衆食堂のパン、チーズ、ソーセージの定食でも800〜1000ガルド。およそ2.5倍から3倍の値段である。


 高級トンカツを作るのには大量の油が必要だ。

 普通に考えよう、油の流通って結構大変なのである。つまりラードを含む油は品質が良ければ良いほど高級品となる!


 しまったァァアアアアア!!

 ふらりと入ったお店は超高級店だったのだ!


 ……しかし、僕はなんでもない顔でトンカツを注文する。


 きっと今日、僕はこの店に入る運命だったのだ。決してなんとなくで入ったら、思った以上に高級だったとかそんなことはない、うんうん。


 僕は目を細めその過程を審査するごとく、イケ渋兄ちゃんが目の前で料理をする様を眺める。


 見せてもらおうか、プロの料理人とやらの技を。


 そして僕は驚愕する。

 的確に色を見定め、油で揚げたトンカツを数十秒休ませる。


 そして、な、なんだとぉおお!?


 トンカツを一口サイズに切るたびに包丁にラード油をつけただと!?

 そうか、そうすることで肉汁がカット面にまで行き渡るのだ。口に入れた瞬間に、肉の旨みが広がる要因となるのだ!


 そうして差し出す出されたトンカツ料理は黄金色に輝いているように見えた。それは決してトンカツがお金の色に見えるわけではない、はずだ。


 イケ渋兄ちゃん曰く、一世一代の至極の逸品だそうで。

 ……ははは、お値段も至極になりそうね?


 僕は恐る恐るソレを口に入れる。

 食ったらもう金を払うしかなくなるが、それでもソレを口に入れた!


「なっ……!?」

 なんという芳醇な味!

 これが……料理。

 これぞ、料理!


 どこかのど素人が調味料を駆使して肉を焼いただけでは辿り着けないプロという領域。

 そうだ、これなのだ。


 だが、人は食事という日々必ず行われる営みの中で、その真実を忘れてしまう。

 忘れてはいけない。


 プロと素人はどれほどネット通販を駆使しても、それに懸けた情熱と技という絶対的な壁があることを。


 それでも人は忘れてしまう。

 安易なチートなる幻に目が眩み。

 ゆめゆめ忘れてはならぬ。

 楽して儲かるは詐欺の常套句だということを。


 まあ、僕は美味ければそれでイイんだけど。


 自然の味をそのまま味わう魚の串焼きはそれはそれでオツなもの。

 されど、料理とは材料を理により整えるからこそ料理なのだ。


「ご馳走様」

 僕が席を立つと間髪入れずに渋い声が掛かる。

「金はいらないよ。最期の客だ」


 それはどういう意味か、問うまでもない。

 この店の、この街の最期の客だから、あれほどの上質の肉と油を使ったのだろう。


 ゆえに、ころんと金の粒をテーブルに置く。

「美味かったよ」


 最期などではないのだ、と僕は示す。

 イケ渋兄ちゃんが嗚咽を堪える気配がする。


 まいどあり、とイケ渋兄ちゃんの声を背に僕は店を出る。


 一期一会、再びこの店を僕が訪れることはないだろう。だが、僕の心にプロの味が確かに刻みつけられた。金の粒を支払っても良い、そう思えるほどに……多分、きっと、もしかしたら。


 パンを26個買ったら、9日ぐらいの食料になったよなぁ〜とか、心にもないはずだ!


 僕は遠い目で街のお空を眺める。

 城壁の先では衛兵か冒険者が街の防衛のためか走り回っている様子と、急いで街を出ていく人々の列が見える。


 のんびりご飯を食べちゃったけど、ドラゴンが街に近づいてるんだったなぁ……。

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