第9話遭難

 長い浮遊感のあと、どぶんと溜まった水の中に落ちる。

 水面に浮上まで数秒かあるいは数十秒か。

 その時間により落ちた高さがわかるのだろう。

 まあ、戻れなければどうしようもないんだけど。


 落ちた先にまたしても水が溜まっているなんて、僕には羽のついた亀かナニカが憑いているのかもしれない。


 無論、それは悪魔的なナニカだ。

 悪魔的な美味さなら良いことなんだがなぁ〜。


 そんなどうでも良いことを思いながらも水たまりから這い出た。荷物から防水保護していたたいまつを取り出して、必死に火をつける。


 即座に明かりを灯さねば、いましもモンスターが襲ってくるのである。

 必死がバッチだ。


 ザクッザクッとたいまつが立てられる程度の穴を掘り、明かりを周囲に3つほどトライアングルに設置したところで、あ〜、と一息つく。


 光の届かない遠くのほうでモンスターらしき影が見える。

 ダンジョン牛ではないので、こちらから近寄らなければ光の中には入って来ない。


 そうかといって光の中で活動できないわけでもない。初めから近くにいれば、たいまつを掲げていても襲われていた。


 モンスターは光の中では活動できるのに、太陽の下では長くは活動できず、最後には炎にまかれるように消えていく。


 キョロキョロと辺りを見回す。

 たいまつを灯した周囲以外は深淵の闇かといえば、そんなことはない。


 ヒカリゴケのようなほのかな青い光が岩肌を照らし、さらにその先の深淵の闇であるはずの先に淡い光が見える。


 幻視陽げんしようという現象で、蜃気楼のようにあり得ない光が見えているという話で実際はただの闇だ。


 ただ実際にその先に洞窟の出口に繋がっていたとか、古代に滅びた遺跡があったり、大量の溶岩により作られた神秘の黒曜石があったりと、ナニカが存在していることもあるという。


 モンスターも幻視陽もそのメカニズムは解明されていない。

 地下世界、それは神秘と不可思議に満ちている世界なのだ。


 上を見上げるが、滝のように流れる水のその先は暗くて見えない。

 周りの岩肌も硬く、大きな鍾乳洞の真ん中から落ちてきたような感じだ。


 この石というより岩を砕くには鉄のツルハシが何本かは必要になるだろう。


 僕が持っている鉄のツルハシは一本。

 あとは石のツルハシというか斧だけ。


 つまりダンジョン牛のときのように、即座に穴を掘って上に帰ることができない。

 試してもいいが、途中でツルハシが壊れれば完全に詰みだ。


 この段階で詰みではない、はずだ。

 まだだ、まだ終わらんよ!


 でもまあ、ちょっと呆然と流れる水の先を眺める。


 そうなんだ。

 遭難である!


 ダジャレ言っている場合ではない。

 山とかで遭難した場合、水さえあれば食わなくとも7日は耐えられる……らしい。


 まあ山で7日も遭難したら、体力が尽きてだいたい死んでるけどね。

 土の中も一緒……、いやもっと短いか。


 水だけでは体力が厳しい。

 幸い干し肉とパンが一個あるが3日後には飯無しになる。

 食料は……ダンジョン牛を見つけられるかどうか。

 しかし衰弱した身体ではダンジョン牛に逆に狩られるので注意だぞ!


 いやしかし、ここでは安全さえ確保できれば結構なんとかなるんじゃないか?

 もしかすると、ダンジョンを探索する冒険者に遭遇したら、いたいけな美少年の地底人と間違われるんじゃないだろうか。


 いっそダンジョンのモンスターを倒していったらレベルアップして、人以外のナニカに進化してしまわないだろうか?


 こうして僕は戦闘美少年としてこの地下世界に君臨してしまうのだ。


 ああ、僕の心はすさんでいく〜。


 ダンジョン牛と遭遇した場所とは違い今回の洞内は広く深かった。鍾乳石も見えるから、巨大な鍾乳洞なのかもしれない。


 歩きながらたいまつを設置していく。

 不思議なもので地下世界ではたいまつは長持ちする。


 一日中放置しても煌々こうこうともり続けている。

 条件が良ければそれ以上に灯り続けるとか。


 そのメカニズムはわかっていない。

 精霊の加護であるという説や、地下世界にただよう空気そのものが物質を維持する性質を持っているとも言われている。


 地下なのに呼吸に支障がないことも考えれば、そういう説も正しいのかもしれない。


 青い水晶の森。

 幻想的な景色に言葉も出ない。

 地底の世界は不思議がいっぱいだ。


 青い水晶は群生しない、白水晶の合間にわずかに生成されるのだと。

 そんな学説がある。

 いやいや、いま僕の目の前に存在してるやないかい、そう思わなくもない。


 しかし、これこそが地下世界が誰か、もしくはナニカに作られた世界ではないかという説もある。


 地底の洋館やマグマの森、地底に生えた湿地帯に異界に続くという要塞に、金銀財宝を蓄えているモンスターの城。

 それらはどれも不可思議で。


 そして、いま目の前に積み重なった青い水晶の森は美しい。

 世界は想像以上に美しかったのだ。


 こんな美しい世界なのに、いまも地上では誰かが涙を流して日々をもがきながら生きている。


 そんなときはその場から抜け出して、世界の美しさを目に焼き付けると良い。

 山であれ海であれ川であれ、自然に存在する世界がどこまでも美しいことを思い出すのだ。

 それだけで人はもう一度立ち上がれるのだ。


 とりあえず僕はその自然の中から帰れない。

 帰り道はどこだ!?


 たいまつの光に照らされ、青い水晶がキラキラと反射している。


 水晶というのはその見た目の良さから準宝石ともいうべき鉱石であり、加工すれば身を着飾る宝石としても扱われる。


 これを全て取って帰ればひと財産になるだろう。

 もちろん、自分すら持ち帰れない今は文字通り宝の持ち腐れである。


 僕は腐っても水晶は腐らないけれどね!

 いやいや、自虐ブラックジョークでは笑えない。


 僕はひとつかみ分の青い水晶を採掘して背負い袋に入れて持ち帰ることにした。

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