恋の物語 短編集

いしも・ともり

第1話 1秒の恋心 ー夏ー 

「お隣の奈緒ちゃん帰省してるから挨拶しときなさい。あんたは昔っから世話になってるんだから」


「ん……」

俺は気のない返事をする。


奈緒とは、もう3年くらい会っていない。


中学時代、俺はヤンチャしていた。

俺を注意する奴なんていなかった。

菜緒を除いては。


6歳年上の奈緒は、いつも俺にかまった。

「ほっとけよ」

いくら言ってもかまってきた。


そしてなぜだか、奈緒が家に帰るタイミングで鉢合わせる。


煙草を取り上げ、喧嘩の怪我を治療し、親が悲しむと説教をたれた。


鬱陶しかった。煩わしかった。


いつしか時は過ぎ

俺もそれなりに成長し

普通の高校3年生になった。


『真面目になった姿でも見せてやるか……』


母親に渡されたぶどうを持って隣のインターホンをならす。

奈緒の母親が出てきた。


「あら健ちゃん。お隣なのに久しぶりねー。また背が伸びたんじゃない?

立派になってー。奈緒がね、今帰ってるのよ……あ、でも出掛けちゃったわ。花火大会に行くから早めに出たみたいよ」


一気に話すおばちゃんの言葉でほしい情報は聞けた。

「はぁ」とだけ答えて家を後にする。


今日は毎年お盆に開催される、花火大会だ。


俺も男友達数人と花火大会に行く約束をしていた。


『会場で会えるかもな』


日が落ちると、会場にわらわらと人が集まってくる。

土手沿いの提灯と、連なる露天、やぐらの灯り。

喧騒、土のにおい、生ぬるい風、太鼓の音。


俺はこの空気が好きだ。


イカ焼きを買って戻ると連れがいない。

『ったく。どこに行ったんだよ』


人混みを避け、灯りから離れた土手に腰を下ろす。


ヒュー

ドドーン


一発目の花火が上がる

暗闇に閃光が走る

口の中のイカ焼きがポロリと落ちる

数メートル先に浴衣姿の奈緒

ドクンと心臓が波打つ

キレイだ


1秒間の視界がもどかしい

早く次の花火上がってくれよ!


ヒュー

ドドーン


立ち上がって見つめる先は

花火ではなく奈緒の姿


イカの串焼きが手からポロリと落ちる

閃光の先には

手をつなぎ笑い合う奈緒と男


とぼとぼと家に帰る


家の前で偶然奈緒に会うこともない


あの頃、奈緒はいつも閉店まで

ブックカフェで過ごしていた


そう偶然じゃない

あれは俺が時間を合わせていたんだ


家に入ると母親の声がする


「あれ?あんたもう帰ってきたの?奈緒ちゃんに会えた?奈緒ちゃん、今度結婚するんだって。相手を紹介しにお盆帰省したって」


気付くのが遅すぎた――1秒の恋心


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