第6話
それからどれくらいの時間が経ったのか、とても長い時間、眠っていたようにも思えたのだけれど、目を開けると部屋はまだ夜の闇の中だった。
目が覚めたからといってすぐに起きあがる気にもなれなかった私は、ただ目の前の暗闇を凝視していた。徐々に暗闇に目が慣れ、いつもの部屋の様子がぼんやりと浮かびあがると、襖がゆっくりと開いていくのが分かった。
開いた襖から黒い影がこちらを覗き込んでいた。
闇よりも黒いそれは、人の形をしていた。頭があり首があり胴体があり、手足もあった。暗すぎてどんな顔をしているのかまでは分からないが、黒い影がこんなにもはっきりと人の形をして現れたのは、初めてだった。
真っ黒な人影は、襖を開けて寝室に入ってきた。
私が先ほど呼んだからだろうか。今までつかず離れずの距離にいた黒い影が、どんどんと近づいてくる。そして寝ている私に覆いかぶさるようにして、顔を近づけてきた。
暗すぎて見えなかったのではなかった。その顔には目も鼻も口も無かった。ただ真っ黒なだけの顔を突きつけられて、私は初めて恐怖を感じた。
逃げようとしたが額と肩を抑えつけられた。暴れて振り払おうにも黒い影の力は強く、動けないどころか私の身体は徐々に布団へと沈み込み始めた。
助けを呼ぼうにも喉の奥が引き攣ったようになって、声も出ない。
身体は布団ごと畳にめり込むように、さらに下へ下へと沈み込んでいった。不思議と痛みはなかった。まるでゆっくりと沼に沈んでいくようだった。
このまま私は死ぬのだろうかと思った。沈んだ先に待っているのは、この黒い影のような真っ暗闇なのだろうか?
何も抵抗できずに沈みゆく中、何故だか唐突に敏夫さんじゃないと思った。
そう思った瞬間、額と肩にかかる力が突如消え、私は起きあがった。
黒い影は消えていた。
私は打ちのめされた気分だった。
私はいつからあの黒い影を、夫だと思っていたのだろう。
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