【合本版】禅士院雨息斎のゴーストバスター劇場
尾八原ジュージ
禅士院雨息斎のゴーストバスター劇場
01
とある洋館の前に、三人の男がやってきた。
右端の、上品な白髪の痩せた紳士が説明を始める。彼はこの屋敷の現在のオーナーで、某大企業の重役を務めていると名乗った。
「先生、こちらが先ほどお話した、旧・
「先生」と呼ばれた真ん中の男は、三人の中では一番若い。泥染めの細かい縞模様の着物に黒い無地の羽織。羽織の背には「雨」の字を崩した紋が染め抜かれている。背が高く、俳優のように整った顔立ちをした彼の名は
「ご覧ください先生。この繊細な手摺のデザインは、アール・デコを取り入れ、モダンかつ優雅な……」
「いや、建築様式の話はひとまず結構。素晴らしい建物であるということはよくわかりました」
雨息斎は右手を伸ばして、オーナーの説明を遮った。「それで、私はこちらで何をすればよろしいので?」
「はぁ、ここはその、幽霊の噂がございまして……というか、出るのです。実は私もこの目で見ました。誰もいないのにドアが開け閉めされたり、足音やうめき声が聞こえたり、クッションが宙を飛んだりするのです」
オーナーはそう言いながらハンカチを取りだし、いかにも困っているという体で額を拭った。
「ほほう、クッションが」
雨息斎は興味深そうに聞き返した。
「クッションでございます。これも昭和初期、一流の職人がひとつひとつ仕上げましたもので……あの、クッションが何か?」
「いえ。他には? 皿とか、花瓶とか……そういう重いものは飛びますか?」
「そういうものは飛びませんな。飛んでいたら、今頃真っ青になっているところです。何しろあれが割れたら、日本陶芸史に残る損失……」
「つまり屋敷の中は、さながら美術工芸品の展示会というところですか」
「さ、さようでございます」
雨息斎は形のいい顎に軽く手を当て、鋭い目で屋敷を眺め回した。さながら、獲物を物色する虎のような目付きである。オーナーはその横顔を不安そうに見つめながら、なおも話を続けた。
「現在、この屋敷をギャラリーとカフェを兼ねた施設にすることを検討しているのですが、心霊現象が収まらない限りはそうもいきません。今まで何人もの霊能力者に除霊を依頼しましたが、どなたも力及ばず……こうなっては禅士院先生にお願いするほかございません」
そのとき、三人目の男の口が微かに動いた。これはガタイのいい中年男性で、この屋敷を管理する不動産屋の社長という触れ込みである。それと同時に、雨息斎の右頬が一瞬、ぴくりと痙攣した。
オーナーはそれにまったく気づかない様子で、雨息斎に深く頭を下げた。
「お願いいたします! どうぞ除霊を!」
「ふーん……よろしい、やってみましょう」
このようなやり取りを経て、雨息斎は単身、この「幽霊屋敷」に乗り込んだのである。
オーナーと不動産屋を一旦帰らせた後、雨息斎は預かった鍵で屋敷の玄関を開けた。
大きな一枚板の扉を開くと、そこは広いホールになっている。雨息斎は、大きな七宝焼の花瓶や、夭逝した洋画家の美人画などに彩られたホールの真ん中に立って、しばらく目を閉じ、静かに佇んでいた。そして目を開けると突然、
「よーし!」
と、やたら大きな声を出した。
「とりあえず、最もポルターガイストが目撃されているという二階の客間に行こう! 確かそこの階段を上って、廊下の南端だったな!」
そう言いながら彼はドタドタと足音を立ててロビーを通り抜けた。深紅の絨毯が敷かれた階段へと、草履を履いた足をかける。
そして、また目を閉じる――と、彼は突然踵を返した。階段は上らず、一階の通路を北の方へと突っ走る。目指す先は食堂と、それに隣接したキッチンである。
食堂の観音開きの扉を開けると、大きなテーブルがどんと出迎える。雨息斎はその脇をすたすたと通り過ぎ、キッチンに通じるドアを開けた。
「やはりここが拠点か」
片隅に備え付けられた薄汚れた電子レンジと電気ケトルを見て、彼はにやりと笑った。それからキッチンのドアの脇に、ぴたりと体をくっつけて立った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます