第34話
「それで最初はどこ行こっか?」
最前を歩く長南さんが楽しげに言う。
こういう時に率先して提案をさしてくれる有栖が今日妙に口数が少ない。
なので、それに答える者は居らず私たちの間に10秒ほど沈黙が続いた。
私と長南さんはこの行楽の発案者をひじで小突く。
「いや、私ここ来たの初めてだからよく知らんし」
「「……」」
まぁこうなった事前に調べていなかった私の責任でもある。
要するに私が普段の有栖の役割をやればいいのだ。
何よりも早く何かしらのアトラクションに入って有栖との間に流れる微妙な空気を払拭したい。
「じゃあ、あれ行こっか」
「うぐっ」
私は出来るだけ明るい声音で、適当に目に入ったアトラクションを指指す。
星科さんが何か言っていたが無視する。
「おぉ最初にあれとは通だね」
すかさず賛同してくれる長南さん。
これで行く流れは整った。
「うん、分かった」
「……私は、皆の生還を祈って占いの館に行ってくるね」
嫌がる星科さんを長南さんと2人で連行しやって来たのはおどろおどろしいフォントの看板の下。
言うまでもなくお化け屋敷だ。
すまない星科さん、有栖との会話の為にもあなたを逃がすわけには行かないのだ。
長南さんがなぜ協力してくれているのかは分からないが、たぶんこの前テスト勉強で散々しごかれた意趣返しだろう。
「大丈夫大丈夫。これ小学生用のあんまり怖くないやつだから」
入る前から既に顔が青い彼女に一応フォローを入れる。
私自身小学校低学年の頃にここでガチ泣きしたことは伏せておいた。
骸骨がガバっと起き上がる演出が怖かった思い出がある。
「それでは皆さんくれぐれもお気をつけて」
誘導のお姉さんが暗幕を上げる。
演出の為だろう強めに設定された冷房が半袖の肌をするりと撫でていく。
しかし、なぜだろう外にいる時より暑苦しかった。
「……星科さん、動きづらいからちょっと離れて」
「……音無……この中で身体が一番大きいのがお前だ」
ナチュラルに盾として私を見てる。
意外にも長南さんはこういうの平気ならしく人魂に対して『君は青色発光ダイオードなのかな?』と問いかけていた。
「たぶんそうだね。触れる位置にあるし発熱もしてないみたい」
と有栖曰くそうらしい。
言わずもがな彼女も平気そうだ。
なんだが雰囲気が台無しな気がするが2人とも楽しそうだった。
「……大丈夫そ?」
背中にピタリとくっついた星科さんに声をかける。
「大丈夫。こうなる事も予見して予習してきたからな。例えば、そこの障子窓から……ひゃん」
青白い腕が突き出してきた。
「……なんで分かってたのに驚いてんの」
「分かっていても怖のは怖いんだよ」
そんな真に迫った言い方されても。
しかし、これだけ怖がって貰えたらお化け冥利に尽きるだろう。
突き出た状態でのたうち回る腕を見つめる。
矜持があるのだろう忌避反応を刺激する洗練された動きだなどと思っていると
「これ、触ってもいいのかな?」
長南さんがそんな事を言い出す。
途端のたうっていた腕の動きがパタリと止まり親指と人差し指で丸を作った。
あれオバケさん!?矜持は?
「見て見てオバケと和解した」
長南さんと握手を交わす腕の姿は心なしか先ほどよりも血色の良くなっている気がする。
「どうする星科さん和解しとく?」
「絶対に嫌だ」
私の服の裾を掴む彼女の握力がより一層強くなる。
この状況で未だ怖がっているのはもはや一種の才能だろう。
「……行ってくれないだろうか。早く出たい」
「はいはい」
そこからのお化け屋敷は本来の趣旨とはかけ離れたものであった。
原因は驚かせギミックがくる前にその詳細を耳元で呟いてくる星科さんだ。
「……次が最後」
「……知ってる。布団で寝てる骸骨が起き上がるんでしょ」
先に進むとセンサーで感知したのだろう似つかわしくない機械音を立てて髑髏がゆっくりこちら側に起き上がる。
改めて見ると子供騙しのギミックだ。
昔の私はこれの何処が怖かったのだろう。
乾いた笑いが漏れそうになる。
それはたぶん、父と共にここを訪れた私と今の私に連続性を見出すことが出来なかったからだ。
再び骸骨が布団に仰向けに戻るのをじっと見送り歩き出そうとした次の瞬間ピトッと指に冷たい感覚が走った。
一瞬本物の幽霊でも出たのかと手を引っ込めそうになるが隣を見て自分の勘違いに気が付く。
「……あの……有栖?」
「……はぐれると危ないから」
一本道であるお化け屋敷ではぐれるとは思えないが、落ち着いた口調でそう言う彼女の顔は暗がりで良く見えない。
震える余地すら無く隙間を埋めるように繋がれた手に引かれ出口を目指す。
お化け屋敷をでる瞬間、外との境目で指は自然に離れていった。
ベンチにぐったりと腰掛ける長身の女。
その表情にいつもの(無駄に)満ち溢れた自信は無く、生気がほとんど感じられない。
「……長南さんこの人、どしたん?」
「盾にしてた音無さんが、急にどっか行ったから固まった」
「……それはごめん」
いや私が謝るのもおかしいな。
「……ごめん」
しかしどうしたものか。
完全に不定の狂気に入っちゃてる。
内容は反響言語と運がいいほうだが。
「少し休憩しよう。私全員分の飲み物買ってくるよ」
いつもの調子を取り戻したらしい有栖が駆けていく。
(さっきのお礼言わないとな)
「……私も行ってくる。長南さんは星科さん見てて」
「オッケー」
有栖が走っていった方向に歩みを進める。
その目立つ姿は簡単に見つかった。
自販機の前で考え込む様子を見せる彼女。
これだけでも何か絵になっており、その背中になんて声をかければいいか迷っている「波瑠は何がいい」と先に声をかけられてしまった。
後に目でもついているのだろうか。
「……なんで分かったの」
「自販機のアクリル板に映ってたから」
「なるほど」
一歩前に進み出て、自販機のラインナップを眺めるふりをしながら彼女を横目に見る。
「……あのさ、さっきは……」
「あの日、自販機の前で待ってたんだよ」
口をついた言葉は有栖の謎の言葉によって遮られる。
「え?」
「入学式の日のこと。思い出した」
確かに入学式の日有栖と高校の自販機にはしゃいだ記憶があるが。
「……なんか約束したっけ?あの時」
「別にしてないけど……それはそれとして私は傷ついたので奢ってください」
「えぇー」
まぁ元々そのつもりで来たしいいけど。
「ありがと」
有栖のいくらでも貢ぎたくなる様な素敵な笑みに晒されながら良識的に1000円札を投入する。
この笑顔が見れただけで今日ここに来て良かったと思うには十分だった。
その後、私はこの遊園地に一度来たことがあるということで案内役を任された。
と言っても何年も前の話なので記憶は薄れかかっており、ジェットコースターに乗ったりチュロスを食べたりと、目についたものを片っ端から寄っていく。
メリーゴーランドでは何故か白馬に乗ることを長南さんに強要させられ、ショップではお揃いで遊園地のマスコットストラップを購入した。
有栖に嫌われていないことが分かったからだろう。
気づけば遊園地を純粋に楽しむ自分がいた。
「それじゃ私は星科さんと話したいことあるから」
「奇遇だな。私も長南と話したい」
締めとして乗ることになった観覧車。
乗り込む順番がくる直前2人が突然そんな事を言い出す。
「ここの2人で乗ります」
私らが何か言う前にそう誘導員に告げ2人はゴンドラへと乗り込む。
私に気を使ってくれたのだろう。
最後の最後まで2人には感謝しかなかった。
観覧車のゴンドラにて向いには窓の外を見つめ物思いにふける有栖。
全人類が羨むであろう状況で私はどんな話をすればいいか分からずにいた。
頭を捻って考えていると彼女に体育祭の為に走ってるか聞くつもりだったことを思い出す。
今日遊園地に来たのだって元を正せばそれを聞くためと言っていい。
私は覚悟を決めて口を開く。
(波瑠と二人きりとか私にはちょっと早いんですけどー)
心のなかでそう叫びながら一つ前を行くゴンドラを恨めしく見つめる。
何よりも黄昏時の観覧車という完璧すぎる恋人シチュエーションが私の鼓動を速めていた。
とにかく何か話しかけないと。
この観覧車の1周は約10分、こうしてる間にもタイムリミットが近づいている。
なんとか思いついたのは「高い所好き?」という毒にも薬にもならない質問。
しかしその質問をするにもゴンドラの高さが微妙だ。
ゴンドラが十分な高さに来るまで他の質問も考えたが結局それしか思いつかなかった。
いざそれを聞いてみようとした瞬間波瑠が口を開く。
「最近走ってる?」
今聞くにはいささか唐突な質問。
それを自覚したのか彼女は慌てて「最近体育祭近いから」と付け足した。
その質問の答えが世界の命運を握っているかのような真剣な表情で私の返事を待つ。
そうだ。
いつだって彼女はこうして全力で。
彼女は私に触れようとしてくれているそしてその限界点がこの質問なのだ。
ここから先は私から踏み込まないといけない。
「うん、今日も朝ちょっと走ったよ。波瑠は?」
「……私は走ってない」
「そっか」
会話が一度途切れ2人ともが窓の外に視線を移す。
流れている空気は決して気まずいものじゃなくて、むしろ安堵感すら伝わってくる。
きっとそれを共有できているのは長年の付き合いのおかげだ。
「……波瑠さ、昔春が嫌いって言ってたよね」
新緑が爽やかな風と共に揺れているのを見ながら口をついた言葉に直ぐに後悔する。
口をついた理由は説明出来た。
過去父と遊園地に行った事を楽しげに語る彼女、今日お化け屋敷で見せた寂しけな表情、それらがフラシュバックしたからだ。
波瑠のことになると、どうしてこうも上手くできないのだろう。
「うん、今でも苦手」
視線を外に向けたままにべもない風に言う。
「じゃあ、好きな季節を教えて」
気づけば私は彼女の手を再び握っていた。
驚いた表情の彼女と目が会う。
「……夏かな」
よく考えて見れば長い付き合いにも関わらず私は波瑠の好きな事も抱えてる孤独もよく知らない。
けれど今、好きな季節を知れた。
もっと波瑠の事を知りたい。
そして彼女の好きなものの1番目が自分であればいいなと思った。
「……だったらさ。……夏休み、私の家来てよ」
「……それは」
反論しようとする彼女の口に人差し指をそっと押し当てる。
「私もずっと一人だと寂しいからさ。そうやって楽しい事だらけの夏にしよ」
「……うん」
可愛い色の口紅が少しついた指をそっと握り込む。
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