第8話

有栖との距離が近づくにつれガラガラとスーツケースを引き音が大きくなる。

 私は歩速を変えることなく淡々と歩く。

 それは、彼女も同じだった。

 そして当然のようにすれ違う。

 目を合わせることも会釈することもない。

 状況だけ見れば道行く赤の他人と全く同じ だ。

 でも、私たちはそうじゃない今はクラスメイトで昔は部活のライバルでもっと昔は友達だった。

 

(このままじゃだめだ)


 誰かが私の中で叫ぶ。

 それはきっと過去の私だ。

 何も拗らせることのなく、ただただ彼女と友達でいた頃の私。

 そんなものがまだ自分の中に残っているとは思わなかった。

 

「……あっ有栖」

 

 振り返って彼女を呼び止める。

 振り絞った声は途中でつっかえるものの何とか言葉となった。

 有栖は、ビクリとしてこちらを向く。

 その時初めて彼女と目が合う。

 不安気に揺れている目。

 

(私有栖にこんな表情させてたんだ)


 私と彼女の距離は、10メートルほど同じ空間であるぎりぎりの距離だった。

 これ以上離れてしまっていれば彼女は立ち止まってくれなかっただろう。


「……何、音無さん?」 


 こっちから話しかけたのに会話の内容を考えるのを失念していた。


「先輩?」


 気遣うような後輩の声が届く。

 

(大丈夫だよ)


 そんな後輩に微笑みかけ私は有栖に近づいていく。

 足どりが軽いとは言えない。

 ただ、先ほどのように近づくたびに罪悪感が湧いてくるようなこともなかった。

 彼女の前に立つ。

 俯いた彼女顔は窺い知ることはできない。

 ただ、今の彼女の様子は次の瞬間にパッとキャリーケースから手を離しそのまま私の前から逃げ出そうとしている様になぜだか思えた。

 そうならないよう早めに言葉を紡ぐ。


「帆足はさ。私の友達なんだ」

 

「え?」


 有栖の頭に疑問符が浮かぶ。

 当然のことだ。

 自分でも突拍子のないことを言っている自覚がある。

 でも、これだけは伝えておきたかった。


「大切な友達だから……だから有栖に何か言われるようなことない」


「……私何も言ってないけど」


「……そう……だね」


 確かにその通りだ。だとしたら___


「じゃあ私の問題だ。……私、大切なものを素直に大切だって言えなくて後悔したから」


「……そう」


 有栖が私に微笑みかける。

 私にとってそれは救いのようにも許しのようにも見えた。

 自転車に跨り地面を蹴る。

 出来るだけ急いで角を曲がり彼女らから見えなくなったであろうところまで来て速度を緩める。

 達成感と羞恥心で胸がいっぱいになる。

 本人がその場にいるのに大切な友達だなんて彼女の好きな青春小説でもみない展開だ。

 でも、前に進める道を選択はできた。

 有栖と私の複雑に絡まりすぎた関係性その一端がようやく少しほどけた気がする。

 私は自転車のスピードをまた少し上げた。 

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