第34話 シャバすぎだろ
虎刈りの一件から数日が経ったが、意外にも何の音沙汰もなかった。
だからこそ花巻にとって警戒心を解けない日々が続いており、その心労はピークに達しつつあった。
それを気遣ってくれたのか、相馬が家に招いてくれたのだが……。
「美容室の練習台って、お前もしかして美容師になりたいのか?」
「スタイリストです。さっ、出来上がりましたよ」
彼なりの気遣いだが、鏡に写った姿を見ると不安になる。
そこには相馬がスタイリングしてくれた自分が写っていた。
前髪は下ろすし、眉はバリバリにキメない自然な形だ。
「ぜんぜん別人じゃねえか。俺には不良スタイルが一番キマってると思うんだが」
「そうかもですけど、気分転換がしたいって言ってたじゃないですか」
そう、元はといえば花巻の一言が発端だった。
自分から言いだした手前、強く否定できずに相馬になすがままにされたが、これはしかし。
椅子から立ち上がり、立ち姿も確かめる。いつもの学ラン赤シャツも封印され、白シャツにカーディガンという格好だ。
「シャバすぎだろ」
自分らしくなくてムズムズしてくる。
そんな折、ユーキと篠生川が相馬の家にやってきた。
「相馬さんの家って美容室だったんスね」
「そうよ。あたしも来るのは2回目だけどさ」
二人が入ると戸に掛かったオープンのプレートが揺れた。通り側にはクローズと書かれているようだ。
相馬が二人に「いらっしゃい」と声を掛け、傘立ての場所を教えてあげていた。
傘を差して振り向いたユーキと目が合う。
「おう」
ビクッと方を震わせ、すっかり硬直してしまった。
様子がおかしいな。
「どうした?」
ユーキはそそくさと篠生川の背中に隠れる。
こそこそと耳打ちしていたが、静かな店内なのでばっちり聞こえた。
「この人、誰なんですか? 篠生川さん、どうしよう」
そ、そんな……、ユーキに忘れられてしまった。
花巻は愕然とした。白目をむいて倒れる寸前までいって、鏡に写った自分と目が合う。
お前か、お前のせいか!
「俺だよ、俺! 花巻大和だよ」
ユーキは訝しげに目を凝らす。
しかし、「知らない男の人……」と篠生川に頼りっきりだ。
「くそ! なら、これでどうだ?」
下ろした髪をオールバックにすると、ユーキの表情がみるみるやわらかくなった。
「あ、あにき?」
「そうだ。わかるか?」
お互いに一歩、一歩と近づいて、花巻はユーキの手を取った。
それを端から見ていた相馬がポロッとつぶやく。
「感動の再会だ」
「ブッ、完全にそうじゃん」
腹を抱えて爆笑する二人を、花巻はオールバックを解除して睨みつけた。
篠生川は「いやでもけっこう格好いいよ」とフォローする。
「あにきって髪を下ろすと、こんな感じなんスね」
また目が合うのだが、すぐに逸らされる。
心なしか耳が赤いようにも思ったが、それよりも彼女の反応に恐怖を想像した。
さっきまでの篠生川の後ろに隠れたユーキこそが、自分を異性として見たときの姿なのだ。あんなふうに兄貴と弟分という関係を取っ払った距離感に、花巻は耐えられるだろうか、いや無理だ。
◆
翌朝、髪下ろしスタイルが直らなかった。
オールバックにするための髪留めが壊れたのだ。
その日も雨で、水色傘が今日も迎えにくるのが二階から見えた。
「おはよう、ユーキ」
「おは……、えっ、あっ……、あにき」
しどろもどろといった感じだ。
そうだよなぁ、このシャバい見た目じゃユーキも本調子になれないか。
1階に下りて店先で出迎えるが、ユーキの表情は傘に隠れて見えなかった。
「悪いな、なんか髪が直らなくてよぉ」
「これも似合ってるから良いッスよ」
ユーキにそう言われると嬉しい。いや、そんな軟派な考えは捨てなければ。シャバい格好をしていると心までブレそうになる。今までさんざんブレブレだったかもしれないが、この一線は越えられない。
「店の準備だけしたら学校に行くか」
雨の日は店先に花を出したりしないから、作業も少ない。
さっと仕事が片付いて、花巻は黒い傘を差して学校へと向かった。
仕方なくシャバい姿をしているが、普段より人の目線が気になってくる。
「ユーキ、とまれ」
校門があるけやき通りの半ば。虎刈りと金ピアスが樹の下で屯している。ああして下校途中の生徒を見張っているのだ。これまでの何度かあった。まず虎刈りがこちらにガンを付けてきて……。あれ?
虎刈りが花巻に見向きもしない。
「そうか、今の俺って」
シャバい格好をしていれば、虎刈りに見つかることがないのか。
思えば不良は不良を引き付ける。ツッパリの姿は符牒なのだ。
一般通過の生徒としてその場を過ぎた。
「ふぅ……。相馬、お前には感謝するぜ」
警戒しっぱなしで心労が溜まっていたのだ。この姿なら少しは心も休まるというもの。
校門前に来ると篠生川がちょうど到着した頃で、取り巻きたちのピーチクパーチクおしゃべり声が聞こえてくる。
「あらま、お二人さん。おーはよ」
水たまりをジャンプして、かわいらしい仕草で挨拶をした。
すると、取り巻きズは篠生川に駆け寄り、審議するみたいに小声で情報を取り交わし始める。
つい聞き耳を立てた花巻は「だれ? あの格好いい人」「イケメンじゃん」「結城さんの彼氏かな?」などと今まで聞いたこともないようなヒソヒソ話を聞く。
正直、気分が良い。
「んー」
隣からユーキに体当たりされた。傘がバコッとあたって、押し付けるような姿勢になる。そして腕にやわらかい感触が。
「やっぱりその髪型ぜんぜん似合ってないッス」
頬をふくらませて花巻を見上げた。
なんてかわいいお怒りモードなんだ。
◆
放課後、クラスメイトに髪留めを借りて、オールバックにした。
結果、旧校舎の廊下では金ピアスに「おいコラ、あの人の名前は出してねえだろうなあ?」と詰め寄られて、「あ?」とガン付けあったり、校門前で女子から距離を余計に取られたりした。
「良いんだ、これが俺なんだ……」
髪を下ろすシャバい格好に少しだけ後ろ髪を引かれていると、篠生川が血相を変えてやってくる。
「先輩! ふーくんが! 結城さんが……!」
ユーキがどうしたのか。花巻は居ても立っても居られない。
息が上がって話は飛び飛びだった。
でもそれをまとめるとこうだ。
「相馬が3年の不良とモメた結果、ユーキがその不良に襲いかかって殴られた、だぁ!?」
大声が響く。
くそ! 花巻は校舎に向かって駆け出す。
「待って!」
背後から篠生川に止められる。
「今すぐ助けに行かねえと!」
「場所!」
それでハッと目が冷めた。
頭に血が上ってんのは確かだ。
まるで冷静になれてなくて、篠生川の話を半分も理解できてない。
「モメたのは体育館。先生に言っても、まだ動いてくれてない。きっと虎刈りって先輩を警戒してるんだ……」
「虎刈り……チッ」
花巻はキレた。
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