第2話
その後も、マジきゅあの興行成績は振るわず1週間が経過。
それでもチクミは、「今日もブルー君の推し活~! コラボカフェやっと予約出来たんだ~」と騒ぎながらさっさと帰っていく。そして残業を押し付けられる私たち。
本当に後1か月で終わるのか、このマジきゅあ騒動。
そう勘ぐってしまったが、ある日の昼休み――
「……!!?
ぎ、ギンコ先輩! 大変です!!」
「なに?」
「これ……見てください!」
突然のクロエの悲鳴。
彼女のスマホを見るとそこには、「マジきゅあ」映画公式サイトの告知が。
《第4弾入場者特典配布決定! 期間:1/31(金)~2/6(木)
マジきゅあ5人、それぞれの後日談を映画脚本家自ら執筆した、特製ストーリーつきイラストカードを、ランダムで配布いたします!
イラストは勿論、キャラデザ描きおろし!
♪♪第5弾以降の特典にもストーリーは続きます。お楽しみに!♪♪》
なるほど、アニメ映画ではよくある特典の告知か。
しかしクロエはこれだけで、もう真っ青だ。
「え……えぇと、これは……
まさか、ストーリーつきイラストカードを、ランダム5種配布ってことですか!?」
「なんだ? 何か問題があるのか?」
「大ありですよ!
5種の描きおろしイラストランダム配布だけでもヤバイのに、映画の後日談つきですよ。
これ、間違いなく争奪戦になります!」
真っ青になったクロエにそう言われ、私も段々コトの重大さが見えてきた。
触ブレでも確かに特典配布は何回かあった。その時は予約を取ることさえ難しく、配布開始日には大変な混雑でまさしく争奪戦だったのは記憶に新しい。
ただ、触ブレの特典は大概の場合、映画をイメージした描きおろしイラストが1枚。ランダム要素はほぼ皆無、勿論後日談ストーリーとやらもついていなかった。
それでも恐ろしいほどの大混雑になっていたものだが……
「それがランダム5種。しかも後日談つきって……
本 編 で や れ や」
「に、睨まないでください先輩。石化しそう」
「しかし確か、マジきゅあはこれまでの3週間にも特典はあったよな。
何で急にランダム?」
「いや先輩。
マジきゅあの場合、これまでも3週連続でランダムですよ」
「へ?」
「初週からずっと週替わりでランダム特典続けてます。
初週がメインキャラのランダムカード、2週目と3週目が描きおろしイラスト2種ランダムです」
「なるほど。だからチクミのヤツ最近、特典切り替わりの金曜日に無理矢理有給取ってたワケか。
てか、毎週ランダム特典やっててこの興行なのかよ」
思わずそんなツッコミを漏らした私。
そんな中、クロエは画面のある個所を指さした。
「だからこそ、急に特典を強化してきたんでしょうね……
当然のように期間指定されてますし。これ、明らかに1週間限定ですよね?」
そこにはしっかりくっきりと、『期間:1/31(金)~2/6(木)』という表示が。
おかしいな。何故か「~」から先が全部悪魔の文字に見えてきた。
「つまり、この特典コンプしたいなら……
1週間で最低5回は映画行けってことか?」
「そういうことです」
「仮にブルーが出る特典だけ欲しいとしても、1回で揃う確率は2割……最悪だ」
な、なんという阿漕な商売。
アニメ映画の特典商法のヤバさは前から言われていたが、まさかここまで……
「しかも4週目。上映館も上映回数もかなり減ってきた。
そのタイミングでコレ?」
「それも相当問題ですが、一番ヤバイのがここですよ。
第5弾以降にもストーリーは続くって……」
クロエが続いて指さしたのは
『♪♪第5弾以降の特典にもストーリーは続きます。お楽しみに!♪♪』の表示。
駄目だ。♪♪の中が全て魔女の呪文にしか見えない。
「つまり今回の特典をコンプできなきゃ、次回以降の特典でのストーリーが分からなくなる。のみならず、今回だけじゃなく次回もコンプしないと、今回特典分のストーリーの続きが分からなくなる……
おい、ふざけんじゃねぇぞ!!!」
「だ、だからぁ! 先輩、あたしに叫ばないでくださ~い!!」
私の怒号があまりに強烈だったのか、耳を塞ぎ怯えるクロエ。
しかし、これは許せん。
「本来映画本編でやるべきストーリーを特典にするだけでもアレなのに、それがランダムだと?
客へは勿論、執筆する脚本家への敬意すらない最悪のランダム商法だぞこれは!
まだ見知らぬ物語というのはそれだけで、知的好奇心を刺激されるものだ。映画から派生する物語ならなおさら。
そこを悪用するとは……しかも後発の特典に続くだと?!」
「あ、あの、落ち着いてください先輩!
特典イラストをコンプすると一枚の絵になるってパターンとかありましたけど、その超強化版と言えますね」
「超悪辣版だろコレ。イラスト特典も阿漕だが、よりにもよってストーリーを人質にするとは!」
私の怒りは止まらない。
後日談というだけでファンは読みたくなるものだ。さらに最初のストーリーを読めば、続きも気になるのは当然。
その心理を利用しての商売が、私には大層気に入らなかった。素直に全部まとめて一冊の本にして全員に配布すればいいものを、そこにランダム要素をぶちこむなど……
知的好奇心に対する冒とくもいいところだ!
「その前に、第5弾以降も上映が続くと想定しての記述か。大した自信だな」
「逆に、自信のなさの表れとも解釈できますけどね」
「何故?」
「公式側も認識してるってことですよ。こうまで執拗にランダム特典に頼らなきゃ、客が入らない映画だって……
あっ」
その時、オフィスのドアがバァンと乱暴に開かれた。
そこにいたのは勿論、髪を振り乱しゼェハァ息を切らしたチクミ。
綺麗にロールした栗色の巻き毛が台無しだ。
「ギンコ! クロエちゃん!
金曜日、一緒にマジきゅあ映画行きましょ!!」
「「は?」」
行きましょと一応形だけは可愛く言ってはいるものの、実質ほぼ命令形。
そしてその後に続くワードは、当然……
「明日中に何としても、ブルー君の後日談つきイラストカードを入手するの!
その為には、できるだけたくさん友達を動員しなきゃ!!」
「ちょっと待て。私たちはお前の同僚であって友達でもなんでもないぞ」
「上に同意です」
「何てこと言うのー!!」
いかん。このままでは私たちも巻き込まれる!
「というか、金曜は月末だぞ。
業務ピーク日で残業必至……」
「でももう、二人の分のチケットも取っちゃったから!
金曜夜、絶対ブルー君の後日談ゲットだぜぇ~!!」
*
そして31日金曜夜。
決死の抵抗虚しく、私もクロエもチクミにより、マジきゅあ映画に強制連行された。
仕事? 死力を尽くして定時に終えたよ……疲れた。
そしてどうにか、チクミはお目当てのブルーの後日談イラストを入手した。
私が当てたヤツだけどな。タダでも要らんしくれてやった。
「それで、どうだった~!?
ハマったでしょ、マジきゅあ!」
「まぁ、意外と楽しめたのは確かだな。
触ブレとはまた違う面白さや可愛らしさがあったよ」
これは私の偽らざる本音だ。
一方、クロエは。
「あたしは滅茶苦茶キツかったです……
みんな同じカエル顔で見分けつかないし、何より意味不明に挟まれるギャグシーンがもう……観察者羞恥で死にそうでした。
今、令和ですよ? あんなテンポ最悪のギャグ必要ですか?」
「あはは、クロエちゃんは分かってないなぁ~
あれこそ、マジきゅあが幅広い層に受け入れられる一番の要因! 子供にも分かるゆるいギャグを挟むことで、シリアスになりすぎないようにしてるんだよ~♪」
そんなチクミに対し、ツッコミが止まらない私たち。
「周り妙齢の女子ばかりで、子供全然いなかったぞ」
「幼女向けアニメ映画のはずが、観客が成人男性ばかり。そんな構図と同じと考えると恐ろしいです」
それでもチクミはどこ吹く風で、ブルーのイラストを楽しそうに眺めている。
まぁ、ファンが楽しいなら、ランダム特典も別に全くの悪ではないか。
触ブレの特典は、今も私の宝物だし――
そう、思ってはいたが。
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