こんな特典商法は許されない

kayako

第1話



 私は映画好きのOL、ギンコ。

 会社では男勝りで頼れる姉貴分とか言われているが、自分ではあまり意識したことがない。口調と容姿からよく男と間違えられたりもするが、それはともかく。


 最近はSNSなどの口コミで評判が広まる映画も多く、それで素晴らしい作品に出会うことも少なくない。

 特に去年出会ったアニメ映画「触手紳士はブレザー服美少年をメチャクチャにしちゃった!」、通称「触ブレ」は最高の高だった。

 タイトルこそアレだが、内容は練りに練って作られた極上のバディもの。

 私は一気に夢中になり、多分10回以上は映画館に通った。同僚のチクミと一緒に。

 傷つけられボロボロにされた主人公の少年ユウが、それでも相棒たる触手紳士しょくべぇを救おうと奮闘する姿がたまらない。その健気な姿と衝撃的な展開がSNSでも非常に話題になり、「触ブレ」は事前予想を遥かに超え、女性ファンを中心に多くの支持を集め、30億超えのヒットとなった。

 上映が終わって1年経過した今でも、私はブルーレイを時々見返すほど堪能している。



 しかし、当時一緒に「触ブレ」に夢中になっていたはずの同僚・チクミの様子が最近、変わり始めた。

 私以上に触ブレに夢中になり、私の3倍ぐらいはせっせと映画館に通って特典をコンプし、応援上映にも積極的に参加しグッズも大量に集め、コラボカフェなどの類も全部行きまくっていたチクミ。


「服を半分裂かれてずぶ濡れになっても必死で戦うユウ君サイコーだよね! シャツを胸まで破られて泥水ぶっかけられても、しょくべぇの為に耐え抜いたあのシーンなんか私、上と下から体液出まくって大変だったよ~!!」


 ……などと、彼女は大声で喚いていたものだ。

 気持ちは分かるが、上司同席の飲み会ではやめてほしかった。よく整えられた栗色の巻き毛はふわふわだし、黙ってればそこそこ可愛らしい色白美人なのに。



 そのチクミが最近になって、新しいアニメ映画に夢中になりだした。

「かがやきヒーロー☆マジきゅあ!」という、男子5人が歌って踊って巨悪と戦う――

 よくある変身もので、テレビアニメが結構長く続いているシリーズでもある。

 普段は子供向けアニメとして放送しているが、最近それが映画になった。

 テレビ放送と違い結構ハードなバトルやシリアスな場面も多いらしく、話題になったのだが……


「こ、これぞ次期覇権だぁ~!!」


「マジきゅあ」を一度見ただけでチクミは、そうほざきながらアッサリ鞍替えしやがった。

 中でもブルー君こと空裂くうれつあおという、主人公を支えるクール系イケメン男子キャラがいたくお気に入りらしい。

 あっという間にチクミの推しはブルー君となってしまった。

 ユウや触ブレのことなど一言も触れなくなった……わけではないが、全く触れないならその方がマシだった。


 こともあろうにチクミは、ユウと触ブレをバカにし始めたのである。


「やっぱり真に力のある作品って、「マジきゅあ」みたいに堅実に作られたものだよね!

 触ブレは衝撃展開やグロシーンで散々話題集めたけど、アレって結局一過性のものでしかなかったんだよ~」

「…………」

「エグイ展開やエログロなんかなくても、きっちり話題になるマジきゅあサイコー!!

 ユウ君も最近はすっかり女装アクスタしか話題にならなくなっちゃって、カワイソー♪ ププーw」

「………………」


 私は敢えて突っ込まずにいた。メ□カリでユウの限定花魁おいらんアクスタ3万で買ってたのどこのどいつだ。


「ギンコ、まだ見てないのー? マジきゅあ」

「見てないし、見る気もない。

 というか、残業中だぞ今」

「一回見れば絶対ハマるってぇ~!」

「そもそも主要キャラが主人公たち5人だけじゃなく、味方グループが他に5人、敵キャラが10人、他色々で30人超とかの時点でかなり無理だ」

「分かってないなぁ~、そこがイイんじゃん!

 推しをたくさん作れる、これってキャラカタログ作品の醍醐味だよね♪ 触ブレみたいに主要キャラがせいぜい5~6人しかいない作品なんて、どうやったって妄想も限られちゃうでしょ」


 適当に流すつもりだったが、やっぱりカチンときた。

 だから、何でいちいち触ブレが出てくる。


「触ブレは登場キャラを絞りに絞ったからこそ、名作になったと言える。

 マジきゅあはキャラが大量にいる上、全員似たようなカエル顔で見分けつかないんだが?」

「何言ってんの! 触ブレだって殆どのキャラがカバ顔じゃんか!」

「ユウとしょくべぇは明らかに違うイケメンだろ。

 二人をマジきゅあに放り込んだら、軽く人気トップをかっさらうぞ」

「キャラデザが全然違う作品を一緒にしないでよ!」

「一緒にして比べてるのはお前の方だが?!」


 あぁ、いかん。私としたことが、柄にもなくヒートアップしている……

 見てもいない作品サゲは良くない。が、気になる点は指摘せずにいられない。


「マジきゅあで若干気に入らないのが、女性キャラがほぼゼロってとこだ」

「は?」

「触ブレはユウとしょくべぇのバディばかり話題になるが、ヒロインであるサリナとユウのほのかな恋模様も良かっただろ。悲恋に終わったところがまたたまらん。

 そこへいくと、男子ばかりのマジきゅあはそんな展開など望むべくも……」

「何言ってんの。女キャラなんてノイズなだけじゃん」

「…………」


 今更言うまでもないが、チクミは骨の髄から腐女子である。

 完全なるBL至上主義。その上ノーマルカップリングをやたら見下している。

 彼女にとって男女の恋愛などこの世に存在せず、あるとしてもいずれ成立する美しきBLの踏み台でしかない。

 本編でどれだけユウとサリナの儚くも美しい恋模様が繰り広げられようと、チクミにはただの雑音でしかないのだ。


「触ブレで何がノイズだったかって、サリナとかいうあのウザイ女だったよね~!

 事あるごとにグッズでも出張ってくるしさ、果てはユウ君と一緒に特典にまで出てきやがったしさ!

 公式は全然需要分かってないよね! ね!!」


 いや、念を押されても。


「というわけで、今日も私はマジきゅあのレイトショー、行ってきま~す!

 残業ヨロピク~!!♪」

「あっ、おい!!」


 さっさとオフィスから走り去ってしまったチクミ。

 その背中を、後輩のクロエが明らかな侮蔑の視線で睨みつけていた。

 小柄で大きな丸眼鏡をかけた黒髪女子。見た目地味だが、仕事はそこそこ出来る方。


「もう、仕方ないですねチクミ先輩……

 また今日もあたし、ギンコ先輩と残業ですか?」

「はぁ……ピーク時にチクミが抜けるのはキツイが、何とか頑張ろう」

「先週もチクミ先輩、マジきゅあの舞台挨拶がとかで抜けてましたよね。

 早く映画終わってくれないかなぁ。迷惑度がハンパないですよ」

「あぁ。私も心からそう願ってるよ……

 このまま延々と残業ブッチに触ブレサゲを続けられちゃたまらんからな」


 するとクロエはスマホを手に、すっと私の方へ寄ってきた。


「大丈夫じゃないですかね?

 現状だとマジきゅあの興行、あまりよくないみたいですし」

「えっ」


 クロエは私にスマホを見せてくれた。

 画面にはよく分からん数字のデータが並べられている。これは……

 興行収入デイリーランキングというやつか。


「見てください。

 2週目でマジきゅあ、先週比が6割まで落ちてます」

「先週比?」

「先週の同時刻に比べてどれだけ観客が入っているかの数字です。

 この数字が2週目以降でも100%を超えればかなりのヒットですが、2週目でこれだけ落ちているとなると……ヒットは難しいんじゃないですかね」

「なるほど」

「着席率も良くないですよ。計算してみると……ほら、販売数が座席数の10分の1以下です。つまり10席あたり1人しか入ってないんです」


 座席数、消化率、先週比、95分率……よく分からん数字ばかりだ。そして実生活には多分、何の役にも立たない数字でもあるのだろう。

 私に分かるのは、上から順番に入りの良い映画が並べられているということぐらいだったが、マジきゅあはかなり下位をうろうろしている。


 クロエはこのデータを手に、にっこり微笑んだ。


「だから、多分1か月もしたらマジきゅあは上映終了ですよ。

 その頃にはチクミ先輩の狂乱ぶりも終わってるでしょ」

「う、うん……

 なら、いいけどな……」



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