君はまるで駄目になってしまったね

白川津 中々

◾️

帰ってきたら嫁がソファで寝ていた。


周りにはビールの空き缶に、炭酸水のペットボトル。安いウィスキー……つまみもなく、よくもこれほど飲めるものだと横目で見つつ料理の準備をする。鶏肉を適当に切って、香味野菜と一緒に炒める。色がついたら水と出汁と調味料を入れて、米を加えて待つ。本当は唐揚げを作りたかったが、ボロボロの内臓でも食べられるように鶏白湯風味の雑炊に変更。少しばかり残念である。


「おかえりぃ……」


彼女が起きた。料理の音で起こしてしまったようだ。


「ただいま。もうちょっとでご飯できるから待ってて」


「ありがとぉ……」


今にも酒気が届きそうな声で彼女は唸った。ひどく辛そうで、そんなになるまで飲まなくてもいいのにと最初は心配していたがもう慣れてしまった。というより、どこか悪くして、そのまま死んだ方が本人のためでもあるように思う。もはや、まともな社会生活など彼女は送れないだろう。数年前まで勤めていた職場でパワハラ認定され居た堪れず退職。自棄になって飲み続け現在に至る。生活リズムも健康も、これまでの価値観も破壊された彼女はもう働けない。助けてやれればいいのだが、俺には彼女の生活を支えるくらいしかできないのだ。


「できたよ」


「うん……」


酒だらけの卓を片付け、鍋とお椀を用意する。温くなった飲みかけの缶ビールを持つと、なんだか情けない気分になる。


「あんたさぁ、私のこと、馬鹿にしてるでしょ」


ソファに座った彼女は、酷い顔でそう言った。


「どうだろうね。それより、早く食べよう。冷める」


「……」


何か言葉を続けたそうだったが、俺が雑炊をよそうと黙って食べ始めた。食欲はあるようで何よりである。


……


……本当は、彼女が何を言いたいのか知っている。「別れたいんでしょ」と、そう切り出したいのだ。


けれど、それを口にしてしまったら、関係は破綻してしまう。自惚れかもしれないが、彼女は最後に残った俺という存在を手放したくないのだ。

彼女がそれを望むのであれば、俺は最後まで付き合いたい。俺は無力だから、それ以外に、彼女に対してできることはないのだから。


改めて彼女の方を見ると、顔は青ざめていて、乱れた髪が垂れ下がっている。それが哀れで、愛おしかった。

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君はまるで駄目になってしまったね 白川津 中々 @taka1212384

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