なりきり界隈記

大暮楼蓮

開闢

2020年4月、新型コロナウイルスが猛威をふるい全国各地で休校となっている中、中学二年生の「彼」はTwitterで軍人なりきり界隈の一員として活動していた。軍人のアイコンと名前で、あたかも本人であるかのようにふるまうアカウントで、同じ軍人なりきりと仲良く交流し、日々のストレスを晴らしていた。この軍人なりきりとして「彼」はまだなりきり歴が数か月と日が浅かったが、問題なく馴染んでいた。

そんななか、「彼」はふとしたことからサブ垢を作ることにした。凍結対策やその他いろいろなことを兼ねてのものであるが、彼はサブ垢もまた何かのなりきりにしようと決めた。

なりきる対象は誰にしようかと、半ばぼーっとしながらネットサーフィンをしていると、ふと面白い顔をしたイギリスの首相のニュースが彼の目に飛び込んだ。


「これだ。」

「彼」はさっそくその変顔をユニオンジャックを背景に加工し、これを新たなアイコンとして、アカウントを作成した。

とは言いつつも、あくまでこれはサブ垢であり、本命は軍人なりきりである。彼自身も、このアカウントを大々的に活用するなどということは少しも考えていなかった。


ところが、6月27日、転機が訪れる。パウエルなるロシア軍人、これは本物の軍人を名乗っていたが、彼が「友人がコロナウイルスで亡くなった、早すぎる」などとツイートしたのである。この投稿は非常に同情をあつめ、万バズするにも至ったが、ふとしたことからこれが真っ赤な嘘であることが判明し、またロシア軍人なる設定も端から端まで噓偽りで塗り固められていたことも明らかになったのである。

当然ながらパウエルは大いに批判され、またこの影響で軍人なりきり界隈も大荒れとなってしまった。


イギリス首相のなりきりのサブ垢を持っていた「彼」は、しばらくの間はこのアカウントで活動することに決めた。そこで「彼」は、まずは試しにとばかり、本物のイギリス首相が拙いながらも日本語で日本人に向けて挨拶をしている動画を投稿したところ、なんとこれが大反響を呼び、6000いいねまで伸びることとなった。

さて軍人なりきり界隈はというと、当然ながら内紛とイメージ低下に悩み、衰退の一途をたどっていた。「彼」もまたこの界隈に見切りをつけ、イギリス首相、ボリスジョンソンのなりきりアカウントをメインとして活動していくことを決意した。


7月、「彼」は初めての万バズを達成した。ちょうど学校で習ったばかりの連立方程式を題材に、「連立方程式の解き方を65歳ではじめて理解したボリスジョンソン」というツイートを、学生たちと一緒に教室に座ったボリスジョンソンの画像付きで投稿したところ、その面白さが大いに受けたのである。


また良い報せは続く。これを見た他のユーザーが、なんと他の国の首脳のなりきりを始めたのである。「彼」はなりきりを志すユーザーたちにいろいろアドバイスをしてやり、またこれらなりきりのやり取りを見た別のユーザーも首脳なりきりを開設しはじめ、8月上旬には、なんとG7の首脳のなりきりが全て勢ぞろいすることになったのである。


新興界隈の祖である彼を、今後はボリスと呼ぶことにする。

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