第2話
カナコは、投稿にコメントしてきた相手である山田とサイト内の個人メールで連絡を取り合った。安直な偽名だと思った。
やり取りを少し重ね、指定された駅から少し離れた公園で会うことにした。この公園は人通りが少なく、明かりもほとんど無い。人がいたとしても暗くて見えないだろうという理由だった。
ホテルを利用するという案も考えたが、防犯カメラ等に記録が残るのは互いに困るということでその案はすぐに無くなった。
21:20……防犯用に包丁をスクールバッグにそのまましまい込む。
21:30……コンビニへ行ってくると母親に告げ、カナコは家を出た。
21:46……公園に到着し、山田を待った。
怖い。恐ろしい。暗い公園で今から知らない男に襲われるのだと、恐怖で脂汗が流れ落ちる。
だが今更引き返すことはできない、冷やかしだったらいいのに、とすら思った。
21:56……緊張が強まりベンチに腰掛けた姿勢でスクールバッグの中の包丁を握りしめる。
22:02……本当に冷やかしだったのか?と焦りを覚え始める。なんだか冷静になったカナコは、もう帰ってしまおうかと考えた。
22:04……人の気配がした。
暗くてよく見えないが、マスクとメガネで顔を隠している男性だということは理解した。
こいつが、山田だろうか。
カナコは警戒を強める。
「カナさんですか?」
穏やかな、普通の男の人の声だった。女子高生を強姦する願望がある人物なのだから、もう少し威圧的なのかと思っていた。
はい、と返事をしようとするも声が出ない。
カナコはどこかで自分は冷静なのだと思っていた。しかし、身体は動かない。
力を振り絞って、ゆっくり小さく頷く。
山田は私が動けないのを察したようで、そのまま肩を掴み、制服に手をかける。
カナコは抵抗しない。
その後のことは、よく覚えていなかった。
午前0時、玄関の扉をそっと開ける。
カナコは風呂場に直行した。
震えながらシャワーを浴びる、下腹部がジンジンと痛む、痛みに耐えかねてその場に座り込んだ。
自分でも何をしているんだろうと思う、後悔もしている。妊娠していなければいいとさえ思った。
風呂場から出ると、カナコは髪も乾かさないままに家庭用の共用パソコンを起動し妊娠の確率について検索をかける。そこにはカナコが想像していた以上の低さが記されていた、少し安堵する。
何も無かったことにしよう、こんなことして親や周りの人間に苦労をかけたくない。着替えながらカナコはそう思い直し、サイトに登録してあるアカウントを削除した。
山田から何かメッセージが届いていたが、確認はしなかった。
数週間後。
カナコは定期テストに備えて、友人達とファストフード店で勉強をしていた。
「問題出し合いっこしようよ」
「いいね、じゃあ歴史からでいい?」
「えー、私、生物の方がいい」
友人の会話を聞きながらカナコは好物のチーズハンバーガーを口に運ぶ。その匂いを間近で嗅いだ瞬間、酷い吐き気に襲われる。
人目も気にせずその場から勢いよく立ち上がり、トイレに直行する。
鍵も閉めないまま便器を両手でつかみ、嘔吐した。
急に走り出したカナコを心配して友人達がトイレの入口までかけよってくる。
「カナコ、大丈夫?」
「具合悪かったなら言ってくれればよかったのに。今日はもう休んだ方がいいよ」
カナコはよろよろと立ち上がり、手を洗う。
「ありがとう、ごめんね……」
何とかトイレの外に出ることは叶ったものの、吐き気が治まらない為楽になるまでその場にしゃがみこんでいた。
ヒナノが店員を呼び、会計を済ませてくれた。エミはずっとカナコの背中をさすり、寄り添っていた。
エミからの連絡を受けた母親が、仕事終わりにファストフード店の前まで迎えに来てくれた。
翌朝、母親が休みの連絡をしてくれてる声が聞こえてくる。もうすぐ定期テストだというのに。
「カナコ、体調はどう?」
「平気だよ」
「一応学校にはお休みの連絡を入れておいたから、何かあったらすぐにお母さんに連絡を入れてね」
「うん、ありがとう。行ってらっしゃい」
母はそのまま仕事に向かった。
横目でデジタル時計を眺めると午前7:50、授業開始10分前だった。
妹ももう家にはいないだろう。
私は昨日のことを思い出しながらベッドで横になっていた。
「昨日の吐き気って、まさか……」
暑い部屋の中でさらに布団を被る。汗が流れ出てくる。カナコはそれが、暑さによる汗だと思い込みたかった。
「そんなはず、無い」
ベッドから起き上がり、パソコンを操作する。検索キーワードは『妊娠 初期症状 つわり』
インターネットで様々な情報が流れてくる。冷静に見れば、自分の現状にピタリと合てはまっている情報や、全く当てはまっていないもの、半分当てはまっているものなど様々だった。
それでもカナコは、情報の全てが自分のことを指しているように感じていた。
「間違いない……妊娠、している」
身体がぶるぶると震えた。
自身の感情が、高揚なのか、恐怖なのか、カナコには分からなかった。ただ、ひたすらに酸素の薄い布団の中で同じ言葉を反芻し続けていた。
母 蚕食団子 @sansyokudango19
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