押し入れの夢の続き〜いつも無表情な幼馴染に愛の告白をされた気がするけど流石に夢としか思えない〜

燈外町 猶

第1話・『好き』だけは、言われたくない

「何もしなくていいよ」

「でも……でも……」

「何かしなきゃって思うんだね。偉いんだね。……疲れちゃうよね」

「私なんかより……綯子とうこちゃんの方が……」

「そんな風に思ってたの? ……じゃあこうしようよ、ここはかえでが自由でいられる場所。なんにもしなくていいの。私の傍にいてくれたら、それでいいの」

「それだけで……いいの?」

「うん。……一緒に眠ろう?」

「……綯子ちゃん」


 目を瞑ると、今でも鮮明に思い出せる。

 湿っぽくて線香の匂いが漂う押し入れの中に、隙間から西日が強く差し込んでいた。


 くたくたに疲れ切っていた綯子は、強く強く私を抱きしめてから、すぐに脱力して寝息を立てた。

 その姿に私も安心して、導かれるように眠りに落ちた。


×


 もしも突然、神様が私に特殊能力をくれると言うのなら、欲張って2つ要求してみる。

 一つは、夢の続きを見る力。


『楓はさ、好きな人とかいるの?』

『綯子』


 そう、この夢。明らかに夢としか思えない記憶の続きを見る力がほしい。


『…………へ?』

『綯子のことが好き』

『……いや、ほら……そういう好きでは……なくて、ですね……』

『? どういう好き?』

『どういうって……その……』

『好きの種類とかよくわからないけど、綯子のことが好きっていうのはわかるよ』

『…………あ、ありがとう』

『ありがとうって思ってくれて、ありがとう』


 ここから先が思い出せない。眠りに落ちるみたいに急速に漠然としてぷつんと途切れている。

 現実みたいな夢とか夢みたいな現実とか他にもあるし、これだってきっとそのたぐいだ。私はただ、この夢の続きがであることを確認したい。


 そしてもう一つは、心の声を聞く力。

 顔色とか声音を伺って一生懸命他人の心を推し量るのが、もう面倒になってしまった。お喋りでもするみたいに、心の声が聞こえてしまえばいいのに。

 

「綯子」

「っ。楓……まだ部活の時間じゃないの?」

「抜けてきた。綯子に会いたくて」

「そう」


 学校の屋上で沈む夕日を眺めながら黄昏れる私の隣に、ジャージをまとった楓が静かに座った。


 なんとなく横顔が見たかったけれど諦めた。こちらをまじまじと見つめている楓の顔が、正面を向いている私の視界に少し入っているからだ。用もないのに視線が合うのは気まずい。

 この子は今どんな気持ちで、そんな顔でこんな行動をとっているのだろう。


 そんな顔――というのは、無表情という意味だ。楓の代名詞でもある。喜怒哀楽の意思表示が恐ろしく弱い。

 しかし、表情筋を犠牲にした代わりなのか、楓はあらゆることに才覚を現した。

 勉強も、運動も、芸術も。


「今日は何部行ってたの?」

「テニス」

「勝った?」

「勝ったよ。……勝ったけど、今日のは勝つべきじゃなかった」


 また泣かせたのか。

 まぁ、どうせ部活側が呼んだんだろうし楓に罪はない。

 いろんな部活に仮想敵として招かれて、練習台になって、それを快く引き受けて、そしてむざむざ恨みを買って、ちょっと悔やんでる。

 私から見たそんな楓は、優しいけれどあまりに不器用過ぎる。


「ホントなんでもできちゃうね。なんかやりたいこととか……極めたいこととかないの?」

「綯子が寂しいって思ったときに、いつでも綯子の傍にいたい」

「そういうこと聞いてるんじゃなくて…………でも、ありがとう」

「ありがとうって思ってくれて、ありがとう」


 口数少ないくせに、どうしてこういうことははっきり言ってくるんだろう。

 返事に困るからやめてほしい。


「そういえば綯子、今日のお昼、珍しく誰かと食べてたね」

「あー、うん。断りきれなくて」

「私がなんとかしようか?」


 一段階下がった声音で食い気味に来られたので思わず視線を楓にやると、普段は眠たげな瞳が一回り大きく開いていた。ちょっと怖い。


「やめてよ、子どもじゃないんだから」


 中学二年生の冬くらいまで、私はいつだってクラスの中心にいたと思う。人と人の間に立つのは好きだったし、仲を取り持ったり集団行動の計画を立てるのも得意だった。

 だけど結局人間関係がよくわからなくなって、高校で逆デビューを果たした。

 髪色もメイクも地味にして、とにかく一人で過ごすことにした。部活にも入っていない。


 楓も交友関係は少ないけれど、それは畏れ多い的な感覚だ。テストの点はいつもトップクラス。運動をやらせればどの部活でもレギュラークラス。芸術的な感性もあらゆる先生が担当教科の道を極めさせようとする。

 私はまるで腫れ物だ。クラスの人には申し訳ないけれど、今はなんだか、これくらい周囲と距離がある方が心地良い。春みたいな陽気さはいらない。ひんやりと、冷たい風が流れている方がいい。


「ねぇ……今度はいつ、綯子の家に遊びに行っていい?」


 楓の家族は、幼少期を私とともに過ごした団地からとっくのとうに一軒家へと引っ越していて、歩けば20分くらいかかる。遊べない距離ではないけれど、気軽に頻繁にとは言えない程度に感じる。


「今度は……今度だよ」

「……わかった」


 あの団地に残っているのは私と、お母さんだけだ。

 両親の間でどんな協議があったのかわからないけれど、お父さんは出ていって、今どこでどんな風に過ごしているのかすらもわからない。


 私も早く出ていきたい。

 これ以上あの家で思い出を作りたくない。

 家に帰るたびに感情がぐちゃぐちゃになる。

 お父さんに会いたい。お母さんが可哀想。みんなの気持ちが知りたい。誰の気持ちも知りたくない。将来のビジョンなんて見えない。今何をするべきなのかわからない。あの夢の続きが見たい。……やっぱり、見れなくていい。


「……綯子」

「っ! 今何しようとした!?」

「? キs「やっぱ言わなくていい!」


 この無表情ロボ、恐ろしいことに空気が重たくなるとすぐキ……こういうことをしようとしてくる。

 天然なの? 天然っていう言葉で済ましていいの!?


「もう何っっっ回もやめてって言ってるよね!?」

「ごめん。つい……」

「そんな理由がまかり通ったらこの世に裁判官はいらないよって……このやり取りも何回目になるんだか……」

「……綯子は私のこと、嫌いになった?」

「今しているのは好きとか嫌いとかの話じゃないでしょ。……帰る」

「私は今でも「じゃあまた明日! 部活、頑張り過ぎないでね」


 楓が不穏なことを言い出す前に立ち上がり、走って屋上から出た。


 もしも、もしもあの夢が現実だとしたら……考えるだけで恐怖に体がすくむ。だから、夢である確証がほしい。


 だって『好き』なんて、そんな言葉、聞きたくない。

 両親を見てよくよく学んだ。『好き』の先には嫌悪や憎しみが待っている。必ずとは思わない。

 けれど、『好き』が悪感情の種であることは間違いない。それが育つか否かは別としても……。


『綯子のことが好き』


 いつか楓に嫌われたり憎まれる日がやってきたら、そんなの……私には耐えられない。

 だからずっと、いつまでもこのままでいい。

 このままがいい。

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押し入れの夢の続き〜いつも無表情な幼馴染に愛の告白をされた気がするけど流石に夢としか思えない〜 燈外町 猶 @Toutoma

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